4:これはまた予想外ね
「ええー? 確かにわたしは、みんなと仲良くしたいとは思ってますけど、魅了魔法?とか使ってないですよ。どうやって使うか分からないですもん」
なん…だと…?
公爵家に招いたレイラの言葉に、シルヴィアは驚愕を隠せない。
魔法の制御や淑女教育、一般教養は、各貴族家で学ぶものだ。
学園が1年という期間なのも、ほぼ交流と人脈づくりのためのものなので、短いのだ。もちろん、学問、研究の道に進むために専門的な指導を受ける者もいるが。
伯爵家ではそういった基礎教育を一切していないというの?
「それにわたし、卒業したら、どっかのクソジジイの後妻に嫁がされるらしいので、それを回避するのに誰かいないかなとは思ってましたけど。あれでいて、伯爵家って火の車みたいです。わたしを引き取ったのも、高値で売れると思ったらしくて。他に子供もいないみたいだしー。
大体、貴族なんて堅苦しいし、向いてませんよぅ」
お菓子美味しいですね!と、焼き菓子をつまみながらころころとレイラは笑う。
つまり何か?
魅了魔法使っていたのは、無意識で。
令息たちに声をかけてたのは、不本意極まりない縁談を回避するためだったと?
ちらりと傍に控えているセドリックを見ると、目で頷く。
セドリックの魔法で、真偽を測っていたのだが、嘘偽りはないというの?
え、本当?
本当に?
しかし、アンセルムの謝罪も嘘だったとは思えない。
王族としての気位だけは高い、あの王太子があんな作り話をしてまで、それまで見下して自分に従うのが当然という態度を翻して謝るなど。
「そっかー。何かみんな優しくしてくれると思ってたけど、魅了魔法使ってたんですね、わたし」
しゅんとレイラは落ち込んだように俯く。
レイラのその様子は、魅了魔法がなくとも、10人中9人くらいは庇護欲をそそられるだろう可愛さだ。
まあ、殿下が落とされたのも分からなくもないのよね。
「それって、魔法で、優しくしてくれただけってことですよね…」
「ボージナ嬢」
「あ、レイラって呼んでください。よければ、ですけど…」
「レイラ嬢」
「はい!」
名を呼んだだけなのに、嬉しそうにレイラは返事する。
何だか、昔飼ってた子犬を思い出すわぁ。私が呼ぶと、目を輝かせて尻尾を振ってたあの子。遊ぼう遊ぼうと、勉強中だった私のドレスの裾をひっぱてたあの子。もういないあの子。
…って、違う違う。
感傷に浸りそうになったのを寸でで止める。
「セドリックに声をかけてたのも、婿候補としてだったの?」
「え? あ、」
私とセドリックを交互に何度も見て、ああ!と何かに気付いたように声を上げる。
「ヴァルトゼーミュラー様、すみません、そんなつもりじゃなかったんです!」
「…シルヴィアでいいわ」
「えっと、その…」
言いにくいんですけど、とレイラは前置きを入れる。
セドリックに惚れた云々じゃなければ、シルヴィアにとって他は割と些末だと思うが、何だろう。
「あの、今、王太子殿下に付き纏われ、いえその」
「ああー…」
言葉を選ぼうとして選べなかったらしいレイラが、もごもごと濁す。
無意識の魅了魔法で落としたアンセルムが、レイラに迫ってるとかそういうあれか。
言いにくいのは、公式的にはシルヴィアが婚約者だからか。
「さすがに、面識ないシルヴィア様に直接は…恐れ多くて。いつも側にいらっしゃるのが、伯爵家の方と聞いたので、相談に乗っていただければなあって。同じ伯爵家だし、学園なら声もかけやすいかもって」
どうやらこれも嘘ではないらしい。
誰もいなければ、ソファの上で脱力してるわ、私。
「シルヴィア様?」
レイラに悪意は微塵も感じられない。何かの思惑や黒幕の気配などもない。
ボージナ伯爵家の内情は把握していたし、縁談の話も知っていた。
だが、アンセルムを魅了していたのだから、てっきり殿下に鞍替えするつもりなのだと思っていたのだが。
シルヴィアを陥れ、王太子妃になり、国を思うままに操りたいというわけでもなく。
むしろ、アンセルムをどうにかしたかっただと?
まあ、話しをしていて初めて分かったことではあるが、レイラは庶民出で礼儀作法や所作は貴族に届かないものの、倫理観や道徳は一般的で、良識ある人間のようだ。
抱き着いた経緯も、転んだだけだったらしいし。殿下のあの鼻の下伸ばした顔を見て、完全に決めつけていたことに自省する。
拍子抜けもいいところだ。
先入観というものは恐ろしいわね…と遠い目をしたくなる。
しかし、困ったことになった。
無意識とはいえ、魅了魔法をかけていたことが発覚すると、レイラはただでは済まない。
被害者に王族がいるのだ。最悪、極刑である。
レイラの処罰を回避し、シルヴィアの婚約解消できる妙案がないか、新たに思案せねばなるまい。




