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死に戻ったらしい公爵令嬢は思案する  作者: 篠月珪霞


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2/7

2:入学しましたけど

学園に入学する年になった。

王家の求心力は元から低かったが、もう落ちようのないところまで落ちている。

次代がアレでは…というのが大半。

いっそ、ヴァルトゼーミュラー公爵家と王朝交代すればという意見もちらほら。…そんな面倒なこと、父も私もやりませんよ。

鬱陶しく絡んでくるようになったアンセルムは、学力で公正に分けたクラスで最低のDクラス。王族でDクラス。学園は忖度しないからね。

ちなみに私は当然Aクラス。セドリックもだ。…複雑。

アレと無事、婚約解消できるまでは下手な会話も、近づきすぎても駄目なのに。

まあ当面の問題は、幼馴染ではなくて。


「セドリック様~~~!」


レイラ・ボージナ。茶色の髪に赤い目の、愛らしいといって差し支えない少女が、幼馴染に言い寄っていることだ。

ぶんぶんと手を振りながら、走ってくるのが見える。伯爵家では令嬢教育をしていないのかしら。


「行こう、シルヴィア」

「…ええ」


うんざりした顔を隠さずに促されると、ほっとする。彼女に対する好意は、微塵も感じられないから。

セドリックにはまだ婚約者がいない。

整った顔立ちだから、入学と同時に他にも声をかけられているのを見ているけれど、一度も頷いたことがないようで。


「待ってください~~!!」

「おい、セドリックとやら! レイラが呼んでいるだろう、何故答えてやらないんだ?!」


そして、あれだけ魅了魔法のせいと言いながら、出逢った瞬間にあっさり落ちたアンセルム。

まあ、魔法耐性以前に、魅了って相手に好意が少しでもないとかからないから、あの見せかけだけの可愛さにくらっと来たんだろうけど。

私もセドリックも足を止めずに、ぎゃあぎゃあ騒いでいる2人を置いて校舎に向かう。

学力で分けられたクラスは、AとB、CとDでそれぞれ棟ごとに振り分けられている。

一緒でなくて、本当によかったわ。





「まったく…なんなんだ、あの女」


連れ立って歩きながら、心底嫌そうにセドリックはぼやく。幼馴染のそんな顔は珍しい。


「あなたが露骨に女性を嫌がるの、初めて見たわ」

「なんであんな異常な女に、俺が配慮しなきゃなんないんだ?」

「異常?」

「一応、庶子でも貴族だろ? 許可されてないのに名前呼び、大声で叫ぶ。あと、令嬢がこの年齢で走ってくるって、あり得ないだろ、普通に」

「まあ確かに」


擁護する気もないが、ご尤も。

これだけでも異常と称されてもおかしくないが、あの令嬢は見目の良い高位貴族の男性には、見境なく魅了魔法を使っている。

セドリックがそれに気付いているかは、分からないが。

周囲を味方につけて、私を陥れる布石なのかしら?


「シルヴィア?」


A、Bクラスには高位貴族が多い。それは単純に教育の質の差もあるだろう。

下位貴族には、家庭教師を雇う余裕のないところもあったりする。

そして、高位貴族は得てして、魔法耐性が高い。当人の素質ももちろんあるが、耐性は魔力量と比例するものだからだ。

アンセルムの周囲が魅了魔法にかかっていたのは、ともかく。

セドリックも餌食になっていたとは思えない。思いたくない。


「何だよ、そんなじっと見て」

「…何でもないわ」

「俺に見惚れてたとか?」

「馬鹿言わないで」


それに、私が処刑されたときに、この幼馴染はいたのだろうか。






──レイラは順調に周囲を魅了していっているらしい。おおよそ魔法耐性の低い下位貴族たちを掌中に収めるのは、難しいことではなかっただろうから想定内。

ただその中に、我が公爵家の寄り子は含まれていないはず。

原因が分かっているなら対処のしようもあると、入学前にアイテムを対象の家には送っておいた。それでも尚、術中にはまるような愚か者がいるのならば、それはそれで切り捨てる理由にもなるから、こちらとしては問題ない。





「…魅了魔法?」

「そう」


セドリックは魔法耐性が高いので必要ないかと思ったが、説明はしておいた方がいいだろうと帰宅後に部屋に招いた。

認識があるのとないのでは、有事の際の対処法に差が出るので。


「あー、それで、あの女の周り、おかしかったのか」


得心がいったとばかりにセドリックは頷く。

魅了魔法にかかった人間は、対象者を第一に考え、疑問を持たないようになるらしい。思考能力が低下し、判断力も鈍る。殊に、対象者の側にいるときは、酩酊時に近い状態になるとか。…麻薬みたいね。


「うちの奴らは大丈夫なのか?」


伯爵家以上の高位貴族であっても魔法耐性の低いものはいる。これは適性なので、致し方のないこと。

雑に括っているが、内部崩壊を案じているのだろう。

公爵家も完全に一枚岩というわけではない。貴族とは常に隙を窺い弱みを探り、その地位に成り代わろうと狙っているものだから。


「問題ないわ。該当の家には、防止アクセサリーを送っておいたから」

「………」

「何よ」


その顔。

不満を顕わにした顔を幼馴染は見せる。これまでの会話の、何が気に障ったのかしら。


「…俺んところには届いてない」

「はい?」

「ムーレイン伯爵家に、お前からの荷物なんか届いてない」

「ああ、そういうこと」

「そういうこと、じゃない。何で?」


じっと睨むというか、恨みがましい目でセドリックが見てくる。この国ではあまり見ない、漆黒の目が。

あまりに綺麗で、そんな場合ではないのに見入られそうになる。

浮かぶ感情より、その目の強さと綺麗さに。


「シルヴィア?」


怪訝そうな声で、はっと我に返る。

いけない、いけない。

私にはまだ、そんな自由はないのだと戒める。

誤魔化すように、少し冷めかけたお茶を手に取って含む。痛いほどの視線は突き刺さったままだ。


「…セドリックには、必要ないかと思って。別にあなただけじゃないわ」


アイテムこそ送ってないが、忠告も交えてすべての家に通達はしてある。公爵家所縁の家門だけではなく、敵対派閥を除いたすべてに。

対策するか否かまで知るところではないが。


「関係ない。俺も欲しい」

「え?」

「他の奴らが貰えて、俺にないのはおかしい」

「ええ?」


真剣に何を言うかと思えば。

拗ねたような物言いが、彼らしくなくて。


「…何、笑ってるんだよ」

「別に。子供の頃でも、そんなこと言ったことないのにって思ったら」

「笑うところなのか?」

「勝手にこみ上げてきたのよ」


ふふっと声を立てる。

子供の頃は、どこかよそよそしくもあった幼馴染。近くにいても、どこか隔たりを感じさせる位置でいつも見ていた。我儘なんて聞いたことがなかった。

礼を欠かないよう、言い含められていたことは想像に難くない。シルヴィアは公爵家。セドリックは伯爵家。明確な身分の差があったから。

一時期、避けられてもいた。

理由も分からず、胸にぽっかり穴が空いたような気持ちは今でも忘れられない。嫌われてしまったのだろうかと沈んでいたところに、あの告白だった。


「──ピアスがいい。ずっと身に着けられるし」

「あら。送るとは言ってないわよ?」

「シルヴィアの瞳の色の、少し蒼がかった銀のピアス」

「聞いてる?」

「くれるだろ?」

「……」


その聞き方はずるい。


はーっとつく深い溜息は、敗北宣言だ。

それが分かっている目の前の男は、ただ笑う。







セドリックが帰る間際、そういえばと思い出したことがある。


「少し前に耳にしたのだけれど。あなた、隣国へ留学予定じゃなかったかしら」


学園に入学後、ムーレイン伯爵家当主に会う機会があり、何の話題からだったか、聞いたのだ。

手続きを終えて、隣国、帝国での住まいも用意していたというのに、急に取りやめたという。

当主は首を傾げていた。気紛れで言い出すことではないし、中止するような子でもないのにと。


「まあ、そうだけど」

「伯爵が不思議がってたわよ」

「そうだろうな」

「では、何故?」


親族すら明かさなかった理由を、シルヴィアに話してくれるかはともかく、興味があったのだ。

どうして、帝国に行こうと思ったのか。

どうして、それをやめたのか。


「帝国に行こうと思ったことに、深い意味はない。けど」

「けど?」

「…守れなかったから」


何を?と尋ねることはできなかった。

よく知っているはずの幼馴染の顔に、自嘲とも後悔とも、怒りとも哀しみとも言える、名状しがたい表情を、見てしまったから。










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