2:入学しましたけど
学園に入学する年になった。
王家の求心力は元から低かったが、もう落ちようのないところまで落ちている。
次代がアレでは…というのが大半。
いっそ、ヴァルトゼーミュラー公爵家と王朝交代すればという意見もちらほら。…そんな面倒なこと、父も私もやりませんよ。
鬱陶しく絡んでくるようになったアンセルムは、学力で公正に分けたクラスで最低のDクラス。王族でDクラス。学園は忖度しないからね。
ちなみに私は当然Aクラス。セドリックもだ。…複雑。
アレと無事、婚約解消できるまでは下手な会話も、近づきすぎても駄目なのに。
まあ当面の問題は、幼馴染ではなくて。
「セドリック様~~~!」
レイラ・ボージナ。茶色の髪に赤い目の、愛らしいといって差し支えない少女が、幼馴染に言い寄っていることだ。
ぶんぶんと手を振りながら、走ってくるのが見える。伯爵家では令嬢教育をしていないのかしら。
「行こう、シルヴィア」
「…ええ」
うんざりした顔を隠さずに促されると、ほっとする。彼女に対する好意は、微塵も感じられないから。
セドリックにはまだ婚約者がいない。
整った顔立ちだから、入学と同時に他にも声をかけられているのを見ているけれど、一度も頷いたことがないようで。
「待ってください~~!!」
「おい、セドリックとやら! レイラが呼んでいるだろう、何故答えてやらないんだ?!」
そして、あれだけ魅了魔法のせいと言いながら、出逢った瞬間にあっさり落ちたアンセルム。
まあ、魔法耐性以前に、魅了って相手に好意が少しでもないとかからないから、あの見せかけだけの可愛さにくらっと来たんだろうけど。
私もセドリックも足を止めずに、ぎゃあぎゃあ騒いでいる2人を置いて校舎に向かう。
学力で分けられたクラスは、AとB、CとDでそれぞれ棟ごとに振り分けられている。
一緒でなくて、本当によかったわ。
「まったく…なんなんだ、あの女」
連れ立って歩きながら、心底嫌そうにセドリックはぼやく。幼馴染のそんな顔は珍しい。
「あなたが露骨に女性を嫌がるの、初めて見たわ」
「なんであんな異常な女に、俺が配慮しなきゃなんないんだ?」
「異常?」
「一応、庶子でも貴族だろ? 許可されてないのに名前呼び、大声で叫ぶ。あと、令嬢がこの年齢で走ってくるって、あり得ないだろ、普通に」
「まあ確かに」
擁護する気もないが、ご尤も。
これだけでも異常と称されてもおかしくないが、あの令嬢は見目の良い高位貴族の男性には、見境なく魅了魔法を使っている。
セドリックがそれに気付いているかは、分からないが。
周囲を味方につけて、私を陥れる布石なのかしら?
「シルヴィア?」
A、Bクラスには高位貴族が多い。それは単純に教育の質の差もあるだろう。
下位貴族には、家庭教師を雇う余裕のないところもあったりする。
そして、高位貴族は得てして、魔法耐性が高い。当人の素質ももちろんあるが、耐性は魔力量と比例するものだからだ。
アンセルムの周囲が魅了魔法にかかっていたのは、ともかく。
セドリックも餌食になっていたとは思えない。思いたくない。
「何だよ、そんなじっと見て」
「…何でもないわ」
「俺に見惚れてたとか?」
「馬鹿言わないで」
それに、私が処刑されたときに、この幼馴染はいたのだろうか。
──レイラは順調に周囲を魅了していっているらしい。おおよそ魔法耐性の低い下位貴族たちを掌中に収めるのは、難しいことではなかっただろうから想定内。
ただその中に、我が公爵家の寄り子は含まれていないはず。
原因が分かっているなら対処のしようもあると、入学前にアイテムを対象の家には送っておいた。それでも尚、術中にはまるような愚か者がいるのならば、それはそれで切り捨てる理由にもなるから、こちらとしては問題ない。
「…魅了魔法?」
「そう」
セドリックは魔法耐性が高いので必要ないかと思ったが、説明はしておいた方がいいだろうと帰宅後に部屋に招いた。
認識があるのとないのでは、有事の際の対処法に差が出るので。
「あー、それで、あの女の周り、おかしかったのか」
得心がいったとばかりにセドリックは頷く。
魅了魔法にかかった人間は、対象者を第一に考え、疑問を持たないようになるらしい。思考能力が低下し、判断力も鈍る。殊に、対象者の側にいるときは、酩酊時に近い状態になるとか。…麻薬みたいね。
「うちの奴らは大丈夫なのか?」
伯爵家以上の高位貴族であっても魔法耐性の低いものはいる。これは適性なので、致し方のないこと。
雑に括っているが、内部崩壊を案じているのだろう。
公爵家も完全に一枚岩というわけではない。貴族とは常に隙を窺い弱みを探り、その地位に成り代わろうと狙っているものだから。
「問題ないわ。該当の家には、防止アクセサリーを送っておいたから」
「………」
「何よ」
その顔。
不満を顕わにした顔を幼馴染は見せる。これまでの会話の、何が気に障ったのかしら。
「…俺んところには届いてない」
「はい?」
「ムーレイン伯爵家に、お前からの荷物なんか届いてない」
「ああ、そういうこと」
「そういうこと、じゃない。何で?」
じっと睨むというか、恨みがましい目でセドリックが見てくる。この国ではあまり見ない、漆黒の目が。
あまりに綺麗で、そんな場合ではないのに見入られそうになる。
浮かぶ感情より、その目の強さと綺麗さに。
「シルヴィア?」
怪訝そうな声で、はっと我に返る。
いけない、いけない。
私にはまだ、そんな自由はないのだと戒める。
誤魔化すように、少し冷めかけたお茶を手に取って含む。痛いほどの視線は突き刺さったままだ。
「…セドリックには、必要ないかと思って。別にあなただけじゃないわ」
アイテムこそ送ってないが、忠告も交えてすべての家に通達はしてある。公爵家所縁の家門だけではなく、敵対派閥を除いたすべてに。
対策するか否かまで知るところではないが。
「関係ない。俺も欲しい」
「え?」
「他の奴らが貰えて、俺にないのはおかしい」
「ええ?」
真剣に何を言うかと思えば。
拗ねたような物言いが、彼らしくなくて。
「…何、笑ってるんだよ」
「別に。子供の頃でも、そんなこと言ったことないのにって思ったら」
「笑うところなのか?」
「勝手にこみ上げてきたのよ」
ふふっと声を立てる。
子供の頃は、どこかよそよそしくもあった幼馴染。近くにいても、どこか隔たりを感じさせる位置でいつも見ていた。我儘なんて聞いたことがなかった。
礼を欠かないよう、言い含められていたことは想像に難くない。シルヴィアは公爵家。セドリックは伯爵家。明確な身分の差があったから。
一時期、避けられてもいた。
理由も分からず、胸にぽっかり穴が空いたような気持ちは今でも忘れられない。嫌われてしまったのだろうかと沈んでいたところに、あの告白だった。
「──ピアスがいい。ずっと身に着けられるし」
「あら。送るとは言ってないわよ?」
「シルヴィアの瞳の色の、少し蒼がかった銀のピアス」
「聞いてる?」
「くれるだろ?」
「……」
その聞き方はずるい。
はーっとつく深い溜息は、敗北宣言だ。
それが分かっている目の前の男は、ただ笑う。
セドリックが帰る間際、そういえばと思い出したことがある。
「少し前に耳にしたのだけれど。あなた、隣国へ留学予定じゃなかったかしら」
学園に入学後、ムーレイン伯爵家当主に会う機会があり、何の話題からだったか、聞いたのだ。
手続きを終えて、隣国、帝国での住まいも用意していたというのに、急に取りやめたという。
当主は首を傾げていた。気紛れで言い出すことではないし、中止するような子でもないのにと。
「まあ、そうだけど」
「伯爵が不思議がってたわよ」
「そうだろうな」
「では、何故?」
親族すら明かさなかった理由を、シルヴィアに話してくれるかはともかく、興味があったのだ。
どうして、帝国に行こうと思ったのか。
どうして、それをやめたのか。
「帝国に行こうと思ったことに、深い意味はない。けど」
「けど?」
「…守れなかったから」
何を?と尋ねることはできなかった。
よく知っているはずの幼馴染の顔に、自嘲とも後悔とも、怒りとも哀しみとも言える、名状しがたい表情を、見てしまったから。




