1:どうしましょうか
いつもと変わらぬ日のはずだった。
シルヴィア・ヴァルトゼーミュラー公爵令嬢は、いつもと同じ時間に目覚め、いつものように支度し、いつものように朝食を終え、教師が来るまでの間、復習をしていたところだった。
先触れも、予定もない、招いてもいない来客があるまでは。
「シルヴィア! 俺が悪かった!!」
侍従や侍女が止めるのを振り切ったらしい男が、ノックもなしに姿を現した。
アンセルム・バルゲリー。
一応、この国の王太子で、シルヴィアの婚約者である。
正直に言うと不本意で、解消できるなら今すぐにでも!と望む相手でもある。
「殿下。まずは落ち着いてくださいませ」
この男が落ち着きがないのは通常運転とも言えるが、いつもはここまでひどくない。…なかったよね?
できるだけ関わらないようにしていたから自信がないが、まあそれはいい。
「俺はあの女に騙されたんだ! まさか魅了魔法を使えるなどと思わないだろう?!」
…ふむ。
よく分からないが、疚しいことがある人間ほど、聞いてもいないことを語りだすという。
教師の教えに従って、喋らせるだけ喋らせよう。
必死で弁明らしきものを述べる男を横目にほくそ笑んだ。
「お父様、今お時間よろしいでしょうか?」
語るだけ語って満足した王太子をそれとなく追い出した後、父の執務室にシルヴィアは向かった。
手を打つなら早い方がいい。
加えて、今後のために情報を共有しておきたかった。
「シルヴィアか。特に急ぎのものはないから時間はとれるぞ」
「ありがとうございます。先ほど、王太子殿下が先触れなく来訪されたのですが」
「…ああ、騒がしいと思ったらあの小僧か」
忌々しそうに舌打ちした父の気持ちは痛いほど分かる。
不出来な王太子の尻拭い要員としての婚約者など御免被ると、はっきり国王に通達したにも関わらず、王命で無理やり婚約させられたのだ。
ちなみに父は、現国王の弟だったりする。
派閥も継承権争いも面倒と、周囲が止める間もなく臣籍降下したという。
「はい。お騒がせしまして申し訳ありません」
「いい。お前の責任ではないしな。それでどうした」
「実はですね…」
話を纏めるとこうだ。
脈絡も前後も左右するアンセルムの話を根気よく聞き、整理したところによると。
15歳から1年だけ貴族は学園に入学するのだが、そこでアンセルムはボージナ伯爵家の庶子であるところの、レイラという令嬢と恋に落ち、シルヴィアに冤罪をきせ処刑したという。
その後、アンセルムは王位に就くが、レイラは政務を放棄して贅沢三昧の日々を送り、外交でも失敗続きで見放されていたところに、魅了魔法による洗脳が発覚したらしい。
アンセルムだけではなく、当時の国王や王妃、側近や周辺もすべてかかっていたというのだから、呆れるほかない。
「ほう、魅了魔法か。魔法耐性があるものはともかく、未熟なものは、防止アイテムがあるというのにな」
「ええ。殿下はご自身を過大評価してらっしゃいますから」
「なるほど」
耐性がないにも関わらず、王族でありながらアイテムすら身に着けていなかったということだ。
これから選定するはずの側近も無能だし、国王と王妃にいたってはもう話にならない。
そして、団結した民衆に革命を起こされ処刑になったが、何故か戻ってきたという。今の、13歳に。
私にも記憶があるという前提ですべてを語り謝罪し、最終的に何が言いたかったのかというと、魅了魔法にかかっていて自分は悪くないから許せ、だった。
「……独立か、隣国でも行くか?」
「それもありですわね」
面倒になったらしい父が言うのに同意する。
「まずは、殿下の言葉など半信半疑どころではありませんから、調べてみますわ」
貴族名鑑には、レイラ・ボージナという名は現時点でなかったのを、シルヴィアは覚えている。
更新は1年に1度。
ボージナ伯爵がその庶子の存在を知らなかった可能性もあるし、単に更新に間に合わなかっただけかもしれない。
ただ、2年後の学園に入学したということは、それまでに養子に迎え、最低限の令嬢教育を施しているはずだ。
つまり、時期的にそろそろ養子に迎えているはず。まだにしても、片鱗はあるだろう。
ということで、伯爵家を探るべく、影を放った。
数日経たずに結果は来た。
さすが我が公爵家の密偵。
取り敢えず、令嬢は存在しているようだ。王太子の妄想とかじゃなくて。
だってねえ…あの王太子に、私を陥れてまで愛し合った恋人が(というか王妃の地位に目が眩んでだろうけど)、なんて到底信じられないじゃない?
見目はまあ、いいかもだけど。金髪碧眼の、外見だけは王子様なんだろうけど。王家は代々、美女を取り入れてきたサラブレットなんだし。
中身がカラじゃない、美女を取り込んでほしかったけど。個人的には。
そのせいで、王家の周辺は優秀なものが選ばれる。でないと、国の運営などできないから。
それで未来の国王、アンセルムの側近が無能とはどういうことだと問い質したい気分だが、有能なものは逃げ出したんだろうなと、推察する。
そう考えると、父の存在自体が不思議というか不可解というか。
娘の私がいうのもなんだが、父は面倒臭がりな点があるにしても、優秀だ。公爵家当主として申し分ない、辣腕ぶり。王家は無能な血を受け継いでいるのに。
機会があったら聞いてみようと、シルヴィアは思った。
そしてあの謝罪の後、許されたと勝手に勘違いしたらしい王太子から、今まで一度もなかった贈り物が届けられるのに辟易している。すべて送り返しているが。
花にドレスにアクセサリー。シルヴィアの好みとまったくかすらない、高価だが下品な細工。
金髪に銀の目のシルヴィアに、色彩すら合わせようとしていない。…誰が選んだのよ。むしろ殿下か? センスないもんね。
それに、一度に送る量も考えてほしい。花屋が困ってるでしょうがと、声を大にして言いたい。玄関ホールを埋め尽くす色とりどりの花を見ながら頭を抱える。
そんな面倒な対応中に、幼馴染がやってきた。
「なんだこれ。シルヴィア、またどこぞの信者から贈られてきたのか?」
「…どこぞの信者なんていないわよ。何しに来たの、セドリック」
「お前に会いに、と言いたいところだけど、公爵閣下に用事」
ひらひらと封筒をちらつかせるセドリック。
ムーレイン伯爵家長子で、ヴァルトゼーミュラー公爵家の寄り子でもある。
シルヴィアの婚約者候補でもあった。…過去形だ。
「うちだからいいけど、あまり誤解を招く発言はしない方がいいわ」
「何が? お前の信者の話? それとも…お前に会いに来たって話?」
怖いくらい真剣な目で見られて、怯みそうになる。
本当は、あの王命がこなければ、候補ではなく、婚約者だったはずの男。
想いを告げられ、自覚した頃に、王命が届けられた。
言葉にすることのなかった想い。音に出して告げることが、許されなかった想い。
「どちらもよ」
悟られてはならないと、真っ直ぐに見返す。
視線が交わっていたのは、ほんの数秒。
そんなシルヴィアに溜息をついたセドリックは、無言で執務室に向かった。
後姿が見えなくなるまで思わず見送ってしまってから、自嘲する。
──…もっと早く、自分の気持ちに気付いていれば、こんなことにならなかったのかしら。
幾度となく繰り返した後悔だった。
王命が来る前に、婚約して、他の貴族たちを取り込んでいればと。
公爵家ともなれば、味方も多いが、敵も多い。殊に、父が王弟なので貴族派からは毛嫌いされている。
シルヴィアからすれば、無意味としかいいようのない派閥争いだ。
貴族たちを取りまとめる主導者がいないのが現状。
ああでも、そんな面倒なことはもう考えなくていいかもしれない。後悔することも。
少なくとも、魅了魔法が使える令嬢は存在したから。
アンセルムの話が、本当だろうが嘘だろうが、利用させてもらおう。
誰が魅了されようが、シルヴィアには関係ない。防ぐ術があるのに、行使しない人間に非があるのだから。
そして、重要な点だけ押さえておけば、冤罪も回避できる。
最終的に、処刑さえされなければいい。
それだけだ。
死に戻り系は2作目だけど、もうひとつは途中から修正したいからまだ無理かなー。
いつもたくさんのご感想、ブクマ、評価ありがとうございます(^^♪




