083話 勇者と四天王
短聖剣が白銀の軌跡を描く。
その刃は、硬直したまま動けないレオニスとセレスティアを一閃した。
二人は反応しない。
いや、できなかった。
究極連携魔法の発動直後は、ゲームでも僅かな硬直時間が存在する。
アベルはその唯一の隙を突いたのだ。
斬られた二人は、その場へゆっくりと崩れ落ちる。
そして…
パリン――
塔全体へ、ガラスが砕け散るような音が響いた。レオニスの身体が黒い霧へと変わる。セレスティアも同じように輪郭を失い、闇へ溶け始めた。
「なっ……!」
メイの笑みが消える。
さらに、
倒れていたリシア、
フェリ、
ルナ、
エリス、
クラリス、
ミリア
他のヒロインたちも、一人、また一人と黒い霧になって消えていく。
誰一人として遺体は残らない。
静かに。
最初から存在しなかったかのように。
アベルはその光景を、ただ見つめていた。
(……そうか。)
(やっぱり。)
(幻だったんだ。)
胸を締め付けていた重苦しい感情が、少しだけ軽くなる。
リシアを斬ったこと。
エリスを貫いたこと。
クラリスやミリアを救えなかったこと。
フェリとルナの自爆。
そのすべてが、メイの精神魔法だった。
もちろん、心の傷が消えるわけではない。
あまりにも本物だった。
あまりにも生々しかった。
だから、あの瞬間の苦しみまで消えることはない。
だが、少なくとも…
ヒロインたちは死んでいない。
その事実だけが、今のアベルを支えていた。
⸻
メイは信じられないものを見るようにアベルを見つめる。
「どうして……どうして、立ち直れるの……。」
精神を折る。
それこそがメイ最大の武器だった。
その精神攻撃が、最後の最後で破られた。
⸻
アベルはゆっくりと短聖剣を構える。
もう視線は迷わない。
真っ直ぐメイだけを見据えていた。
「全部、お前の仕業だった。もう惑わされない。」
その言葉に、メイは小さく息を吐いた。
そして妖しく笑う。
「そう…。それでこそ勇者様。」
彼女は胸元へそっと手を添える。短聖剣に貫かれた傷は、すでにほとんど塞がっていた。裂けた衣服だけが、あの一撃の痕跡を物語っている。
魔族の再生能力。肉体だけを見れば、メイはまだ十分に戦える状態だった。
もっとも、無傷ではない。
ポチを失い、
魔杖グングニルを酷使し、
精神魔法で巨大な幻影を維持し続けた代償は大きい。
体内の魔力は急速に底をつき始めていた。
一方、アベルは違う。
全身は傷だらけ。
鎧はほとんど砕け散り、血は止まらない。
呼吸は乱れ、立っているだけでも激痛が全身を走る。
ガイルたちへ目を向ける。
四人とも辛うじて息はある。
しかし、このままでは長くはもたない。
(急がないと。みんなを助けられない。)
短聖剣を握る手へ力が入る。
メイも魔杖グングニルを静かに構えた。
勇者は肉体が限界。
四天王は魔力が限界。
互いに残された力は、あとわずか。
絶望の塔最上階。
長き死闘は、ついに最後の決着を迎えようとしていた。




