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064話 神杖の塔

 衛星都市を発って半日。


 街道から山道へ入った頃、アベルは背後から近づく複数の気配に気付いた。その足音には聞き覚えがあった。


「……やっぱり来ちゃいましたか」


 アベルは苦笑しながら振り返る。


「よう」


 先頭を歩いていたガルドが片手を上げた。

 その後ろには、宵闇の月の三人の仲間たち。


 全員がまだ包帯を巻いており、奈落の迷宮と王都防衛戦で負った傷が完全には癒えていないことは一目で分かった。


「皆さん……まだ安静にしているべきです」


 アベルが言うと、ガルドは鼻で笑う。


「その台詞は、お前にだけは言われたくねぇな」

「一人で死地に向かう奴を見送れるほど、俺たちは薄情じゃねぇ」


 別の男も笑いながら続ける。


「お前、療養所での別れ方が完全に『最後の挨拶』だったぞ」


 アベルは返す言葉を失った。

 どうやら、自分では隠したつもりでも隠しきれていなかったらしい。


 ガルドはアベルの肩を軽く叩く。


「俺たちは仲間だ。勝手に一人で行くなんて許さねぇよ」


 アベルはしばらく黙っていたが、やがて観念したように小さく頭を下げた。


「……よろしくお願いします」


「最初からその一言でよかったんだよ」


 男たちは笑った。

 その笑いは、奈落の迷宮を共に潜り抜けた者だけが持つ信頼に満ちていた。


 五人は改めて隊列を組み、北へ向かう。


 目的地は一つ。公式には『神杖の塔』という名がついているが、ほとんどの冒険者には到達することすらできない奥地に聳え立ち、たどり着いたとしても中に蔓延る凶悪な魔物が待ち構える。そのため、そこはいつからか冒険者の間で『絶望の塔』と呼ばれ恐れられた禁断の聖地だった。



 数日後。

 彼らは険しい山岳地帯の最奥へと辿り着く。そこで初めて、その塔の全貌を目にした。


 天を貫くようにそびえ立つ漆黒の巨塔。雲を突き抜けるほどの高さを誇り、その外壁は禍々しい魔力を帯びて脈打っている。周囲には草木すら生えず、鳥の鳴き声も聞こえない。まるで世界そのものが、この場所を拒絶しているかのようだった。


「これが……絶望の塔か。言い得て妙だな。」


 ガルドが低く呟く。アベルは静かに頷く。


「間違いありません」


 彼が知るゲームの知識では、この塔は人類にとっても魔王軍にとっても極めて重要な意味を持つ場所だった。


 塔の最上階に封印された聖女だけが扱うことを許される伝説級の神杖――クングニル。歴代の聖女に受け継がれてきた、人類最高峰の神聖魔法を真に引き出すための神器。その力が人類の手に渡れば、魔王軍にとって大きな脅威となる。


 だからこそ。魔王軍はこの塔を占拠した。しかも守護しているのは、並の魔族ではない。魔王直属の四天王が二柱。最強クラスの戦力を同時に配置し、誰一人として神杖へ近付けないよう封鎖しているのだ。



 ガルド達は塔を見上げ、乾いた笑みを浮かべる。魔力探知で引っかかった大きな反応は2つ。


「準魔王級が二体か……」

「ずいぶんと歓迎されてるじゃねぇか」


 アベルは腰に隠したショートソードへそっと手を添えた。布に包まれたその剣は、元は王家に伝わる聖剣。今は誰にも知られぬまま、静かに勇者の魔力へ応えている。


(ここからが、本番だ)


 目指すは塔の最上階。神杖クングニルを回収すること。そして、人類に残された希望を繋ぐこと。


 アベルと宵闇の月は顔を見合わせ、小さく頷き合う。誰一人、引き返そうとは言わなかった。五人は漆黒の塔の入口をくぐり、絶望の塔へと足を踏み入れた。

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