063話 出発前の挨拶と知らなかった戦い
王都を発ったアベルは、その足で王都の衛星都市にある療養施設へと向かっていた。
そこは宵闇の月のメンバー達が静養している区画である。扉を開けると、そこには包帯や松葉杖を使いながらも、どうにか日常を取り戻しつつある男たちの姿があった。
「おう、来たか」
ガルドが軽く手を上げる。その腕には深い傷の痕が残っている。
他のメンバーもそれぞれ体を休めていた。だが、その傷の種類は一様ではない。アベルは室内を見回し、わずかに首をかしげる。
「その傷は……奈落の迷宮でのものですよね」
ガルドは短く笑う。
「まあな。あっちがメインだ」
だが別の男が肩をすくめて続けた。
「それだけじゃねぇけどな」
「……?」
アベルが視線を向ける。ガルドは少しだけ面倒そうに息を吐いた。
「王都防衛戦の時のも混ざってる」
一瞬、アベルの動きが止まった。
「王都防衛戦……?」
その言葉は、彼にとって初めて聞く事実だった。ガルドは軽く頷く。
「お前が暴れてる間に、こっちもこっちで死にかけてたって話だ」
別の男が苦笑する。
「まあ、俺らは主戦場じゃなくて裏側担当みたいなもんだったがな」
アベルは静かに息を飲む。
(王都防衛戦に……この人たちも。自分は知らなかった)
彼の中で、認識が一つずつ繋がっていく。王都の戦いは一つではなかった。表と裏、複数の戦線が同時に存在していた。
「……すみません。知りませんでした」
ガルドは肩をすくめる。
「そりゃそうだろ。お前は別のとこにいたんだからな」
だがその言葉には責めはない。事実の確認に過ぎなかった。室内は少しだけ静かになり、やがてガルドが口を開く。
「で、お前はこれからどこ行くんだ」
アベルは一瞬だけ迷い、そして答えた。
「"神杖の塔"です」
その言葉に、男たちの表情がわずかに変わるだが誰も驚きはしなかったむしろ納得したような空気だった。
「やっぱりな。一人で行く気か?」
アベルは一瞬沈黙する。そして小さく頷いた。
「……そのつもりでした」
ガルドは短く息を吐く。
「バカかお前は」
しかしその声に怒りはない。むしろ、当然のような呆れだった。
「まあいい」
ガルドは天井を見上げる。
「死ぬ前に顔見せに来たのは評価する」
トーヴが笑う。
「縁起でもねぇな」
だがその笑いもどこか優しい。アベルは小さく頭を下げる。
「皆さんは、しっかり休んでください」
ガルドは片手を振る。
「休めるかよ。お前が無茶するならな」
その言葉に、アベルは一瞬だけ言葉を失う。
だがそれ以上は何も言わなかった。
ただ静かに一礼し、療養室を後にする。
扉が閉まった後も、男たちはしばらく黙っていた。
「……あいつ、行く気だな」
誰かの呟きに、ガルドは短く答える。
「行くさ。そういう顔してた」
そして静かに続けた。
「だからこそ、帰ってこいって言ったんだろうがな」




