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俺が主人公のはずなんだけど、王子様に全部持っていかれたんですが。  作者: 踊りすがりのおっさん
第4章 奈落の迷宮

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054話 静かな騒動

 学院医務室は、重苦しい沈黙に支配されていた。


 治療台の上に横たわるアベルは、かろうじて呼吸を続けているだけの状態だった。

 魔力は枯渇し、生命の循環も極めて不安定。

 通常の治癒対象として成立していない。



「……これは、改めてみるとかなり深刻ですね」


 最初に声を発したのはセレスティアだった。丁寧な言葉遣いのまま、静かにアベルへと視線を向ける。その声音には感情の揺れは少ないが、状況の異常さを正確に見抜く冷静さがあった。


 続いてエリスが駆け寄る。


「ちょっと、これ……普通じゃないです」


 ミリアも顔をしかめる。


「魔力の器そのものが崩れてる……保持できてない」


 ルナは短く言う。


「生きてるのが不思議」


 クラリスはすでに観測に集中していた。


「外部魔力は完全拒絶。これでは、どんな治癒魔法も通りません」


 エマはその言葉に青ざめる。


「そんな……」


 視線の先には、動かないアベル。

 その横でセレスティアは静かに腕を組む。


「一般的な治癒では対応できない状態です。ですから、皆さんをお呼びしました。この方の治療にあたるのは皆さんも不本意でしょうが、今回だけは私の侍女のたっての願いですので、ご協力をお願いします」

「お願いします」


 セレスティアの淡々とした判断と、エマの懇願が治療室に響いた。そして治療が始まった。


「エリスさん、持続回復魔法を。効かなくても絶やさないで」

「わかりました」


「ルナさんは魔力の循環補助を。壊れた穴から抜け落ちる魔力を外から制御して無理矢理にでも循環させて」

「了解」


 エリスとルナが短く答える。


「ミリアさんは、エリスさんとルナさんの魔力が切れないように魔力回復薬を都度渡して。あと、少なくとも今の状態が維持できるように患者に必要に応じて回復薬を投与して」

「任せて」


 ミリアが即応する。


「クラリスさんは構造解析を。何処がどう壊れているのかを突き止めて」

「わかりました」


 セレスティアの指示のもと四人は即座に配置につく。



 だが、すぐに壁が現れた。


 エリスの治癒光はアベルの胸元で弾かれた。


「……やっぱりダメ」


 ミリアが息を呑む。


「魔力そのものを拒否してる」


 ルナが静かに分析する。


「器は壊れているのに、防御だけ残ってる感じ」


 クラリスも頷く。


「これは再生ではなく再構築が必要な状態です」


 その言葉を聞いて、セレスティアが一歩前に出る。


「少し、私が調整します」


 四人が視線を向ける。セレスティアはアベルの側に立ち、静かに手をかざした。

 その瞬間――空気が変わる。


「……魔力の流れが変わった?」


 ミリアが目を見開く。セレスティアの魔力は治癒魔法ではない。


 全体制御。

 構造調整。

 そして再接続設計。

 壊れた魔力回路を“どの順番で繋ぎ直すか”、その答えを瞬時に導き出し組み替えていく。


「これは……」


 クラリスが息を呑む。


「治癒というより、設計の書き換えです」


 セレスティアは落ち着いたまま言う。


「この状態では局所治療は意味がありません。ですから、全体を一度、流れの状態に戻してから再構築します」


 エリスが顔をしかめる。


「そんなことしたら普通は崩壊するわよ」

「ですが、このままでは回復もしません」


 セレスティアは淡々と続ける。


 魔力が広がる。医務室全体の空気が書き換わるように揺れた。アベルの身体を中心に、魔力の流れが再編されていく。


 エリスがすぐに補助へ入る。


「なら、私が維持します!」


 ミリアも続く。


「流れの安定は任せて!」


 ルナは魔力圧の均衡を取る。


「圧力調整」


 クラリスは構造を解析し続ける。


「再接続点、更新します」


 四人とセレスティアの魔力が噛み合っていく。


 やがて――

 アベルの身体がわずかに反応した。


「……!」


 エリスが息を呑む。


「反応あり!」


 ミリアが声を上げた。


「流れ、繋がりました。」


 クラリスが告げる。


「生存圏、安定」


 ルナも短く頷く。


「まだ最低限ではありますが再構築成功です」


 セレスティアがそう結論づけた。


 それからしばらくして、セレスティアは手を下ろし、小さく息を吐いた。


「応急処置としては、これで限界です」


 その瞬間だった。いつのまにか医務室の隅で控えていた《宵闇の月》のメンバーが一斉に動く。


「おおおおっ!助かったか!?」

「アベル生きてるぞ!!」

「よし!!戻った!!」


 ガルドが思わず拳を握る。


「やったな!」


 バルドが安堵の息を吐く。


「本当に助かったな……!」


 リックが肩を回す。


「いやぁ、マジで焦ったわ!」


 トーヴも珍しく声を上げる。


「これは勝ちだろ!」


 その瞬間――


「うるさいです」


 冷静な声が医務室に響いた。治癒師の一人が、額に青筋を浮かべている。


「ここは医務室です。騒がないでください」


 《宵闇の月》は一斉に静止した。


「……す、すみません」


 ガルドが即座に頭を下げる。

 バルドも咳払い。


「いや、その……つい」


 リックは目をそらす。

 トーヴは無言で天井を見た。



 エリスがため息をつく。


「私達にではなく神に懺悔して下さい。」


 ミリアも苦笑する。


「騒ぎすぎ」


 ルナは一言。


「迷惑」


 セレスティアはその様子を見て、小さく目を細めた。


「……とにかく、命は繋がりました」


 その言葉に、ようやく医務室に安堵の空気が広がる。緊張の糸が切れたエマはその場にへたり込んで、うれし涙を流し続けていた。


 アベルはまだ目を覚まさない。

 だが確かに――

 彼は生還の側に戻ってきていた。

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