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047話 前人未踏への遠征命令

 武術大会から三日。


 学院の空気は、完全に変わっていた。


「みろよ!例の反則野郎だぜ!」

「そこまでして勝ちたかったのかねぇ」

「俺、割と応援してたのにな…ガッカリだよ」


 廊下を歩くアベルへ、遠慮のない視線が突き刺さる。囁き声は隠そうともされない。以前は畏怖や距離感が混じっていた視線も、今は多くが軽蔑へと変わっていた。だが、アベルは何も言わない。立ち止まることも、振り返ることもなく、そのまま歩き続ける。



 特別クラスでは、武術大会の話題がまだ続いていた。


「改めて、優勝おめでとうございます。今度、武術大会でのレオニス様のお話が本になると伺いました。今から楽しみです。」


 セレスティアが穏やかに微笑む。


「ありがとうございます。」


 レオニスは柔らかな笑みを返した。


「優勝は皆さんの支えがあったからです。」

「そんなことありません。」


 フェリは嬉しそうに首を振る。


「殿下ご自身の実力です!」

「ええ。」


 リシアも短く頷く。


「努力が報われた結果です。」


 クラリスは紅茶を口に運びながら小さく息をつく。


「それにしても、決勝であのような規則違反が起こるとは思いませんでした。」


 エリスも複雑そうな表情を浮かべる。


「未知の力なんて……正直怖かったです。」


 ルナは冷静に言う。


「学院としても、あの裁定は当然だったと思います。」


 ミリアも頷いた。


「やっぱり安全が最優先ですから。」


 レオニスは何も言わず微笑むだけだった。

 その姿を見て、七人は改めて彼の人格を称賛する。



 一方。


 アベルは学院長室へ呼び出されていた。


「入りなさい。」


 重厚な扉を開けると、学院長は一枚の封書を机へ置いた。


「武術大会での件について、王家の意向を踏まえ学院として処分を決定した。」


 アベルは静かに封書を受け取る。中に入っていた任務書を開いた瞬間、その表情がわずかに変わった。


「……これは。」


 学院長も苦い顔を浮かべる。


「驚くのも無理はない。」


 任務書に記されていた迷宮の名。それは王国の地図に載っているだけで、学院では教材としてしか扱われない場所だった。ゲームでも本編クリア後のエクストラダンジョンとして扱われていた最大級の難所。


 “奈落の迷宮”


 王国最北端の山岳地帯に口を開く、古代迷宮。魔物の強さも、生態も、その多くが未解明。到達した冒険者はいても、最深部を知る者はいない。学院の歴史を遡っても、その迷宮へ実習や任務で向かった学生は一人も存在しなかった。それどころか、学生が挑むこと自体、誰一人として考えたことすらない。そこは、国家が熟練冒険者や騎士団へ調査を依頼するような領域だった。


「本来なら。」


 学院長は静かに言う。


「学生へ課すような任務ではない。」

「……。」

「だが、武術大会での反則行為に対する懲戒として、王家と学院の理事会はこの遠征命令を可決した。」


 学院長は苦々しく目を伏せる。


「私一人では覆せなかった。」


 アベルは任務書を閉じる。

 少し考えた後、小さく息を吐いた。


「承知しました。」


 学院長は顔を上げる。


「本当に異議はないのか。」

「ありません。」


 アベルは静かに答える。


「命令なら従います。」


 そのあまりにも落ち着いた返答に、学院長は言葉を失った。



 学院を出ると、校門の前では《宵闇の月》の四人が待っていた。


「終わったか。」


 ガルドが声を掛ける。

 アベルは任務書を差し出した。


「これです。」


 四人は順番に目を通す。

 そして。


「……おいおい。」


 トールが思わず口笛を吹いた。


「こいつは予想以上だ。」


 バルドも珍しく眉をひそめる。


「奈落の迷宮か。」

「学生に出す任務じゃねぇ。」


 トーヴは静かに目を閉じた。


「俺らだってまだ行ったことねえ。」

「そうなんですね。」


 アベルは苦笑する。


「俺も資料でしか見たことがありません。」


 ガルドは任務書を畳むと、アベルへ返した。


「なら決まりだ。」

「俺たちも行く。」

「え?」


 アベルが目を瞬かせる。


「何を驚いてる。」


 ガルドは豪快に笑った。


「パーティなんだから当然だろ。」


 リックも肩をすくめる。


「お前一人で未知の迷宮なんかに行かせるものか。」


 バルドは不敵に笑う。


「むしろ燃えるじゃねぇか。」

「前人未踏。」

「冒険者なら、一度は挑んでみたい言葉だ。」


 トーヴも穏やかに頷いた。


「誰も踏み込んだことのない迷宮だからこそ、信頼できる仲間と行く価値がある。」


 アベルは四人を見回した。

 学院では居場所を失った。

 だが…

 自分には、この人たちがいる。

 胸の奥が静かに温かくなる。


「……ありがとうございます。」


 ガルドは照れ隠しのように笑う。


「礼は帰ってきてから聞いてやる。」

「全員でな。」


 誰も、その言葉を疑わなかった。

 学院が見放した学生と、歴戦の冒険者たち。


 五人は誰も踏み入れたことのない迷宮へ向けて、静かに歩き始めるのだった。

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