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閑話10話 久しぶりの我が家
アベルが実家の扉を久しぶりに開けると、夕餉の香りが鼻をくすぐった。
「ただいま」
その一言だけで、母は振り返った。
「おかえり、アベル」
黙って食卓につくアベルの前に、温かなスープが置かれる。
「……負けたよ。反則だってさ」
絞り出すような声だった。母は静かに椅子へ腰掛け、息子の手にそっと自分の手を重ねた。
「悔しかったわね」
その一言だけで、張りつめていたものが少しだけほどける。
「でもね、私は見ていたわ。最後まで諦めず、誰よりも堂々と戦っていたあなたを」
アベルは顔を伏せた。
「ごめん。もしかしたら、母さんにも迷惑がかかるかも。」
試合後、王子を反則で危険に晒したという批判をアベルは既に浴びていた。明日には新聞にも掲載されて、大々的に広まるだろう。その時、母にどんな風当たりが来るか考えたくもない。
「きっと、大丈夫よ。このあたりの皆は貴方のことを良く知っているから。」
母は穏やかに微笑む。
「それに反則で勝敗は決められても、あなたがどれだけ頑張ったかは誰にも奪えない。私はそれを知っている」
アベルは唇を噛み、目頭が熱くなるのを感じた。
「……母さん」
「よく頑張ったわ、アベル。本当に」
その言葉は、どんな優勝杯よりも静かに、そして深く彼の胸へと染み渡っていった。




