043話 崩れゆく均衡
アベルの剣が、ほんの一瞬止まった。
その一瞬を、レオニスは見逃さなかった。
「はあっ!」
鋭い踏み込み。身体強化魔法を限界まで引き上げ、一気に間合いを詰める。
金属音が闘技場に響いた。
アベルは辛うじて受け止める。
しかし、その受け方には先ほどまでの冴えがなかった。
「もう一撃!」
レオニスの連撃が続く。
二撃。
三撃。
四撃。
これまでなら最小限の動きで流していた剣を、アベルは真正面から受けるしかない。
衝撃が腕へ伝わる。
足が半歩、また半歩と後退した。
「押し返した!」
「レオニス殿下だ!」
「さすが!」
観客席が大きく沸く。先ほどまでとは空気が一変していた。
レオニスは攻撃の手を緩めない。剣筋は鋭く、迷いがない。ゲーム知識で磨いた技術に、七人から受けた強化魔法や秘薬の効果が重なる。次々と斬撃を浴びせ、アベルを防戦一方へ追い込んでいく。
⸻
(どうした。さっきまでの動きじゃない。)
ルドルフは観客席から身を乗り出した。
入学してからずっと隣でアベルの剣を見てきた。アベルが単独で高難度迷宮にいくようになってからも学院に戻ってきている時には鍛錬につきあった。だからこそ分かる。
「あいつ……何かがおかしい。」
普段のアベルなら…
今の踏み込みは避けられる。
今の斬撃は流せる。
今の隙は作らない。
なのに…
今日のアベルは違った。
「何でだ……。」
ルドルフは拳を握り締める。
⸻
結界の中。
アベルは歯を食いしばる。
母の顔が脳裏から離れない。
(母さん……。)
レオニスの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
『俺を倒してみろ。』
『どうなるか分かるよな。』
剣を握る手に力が入らない。
いや…入れられない。
ここで勝てば、母が危ない。
負ければ、自分だけが傷付く。
迷いが、そのまま剣へ表れていた。
⸻
「まだまだ!」
レオニスが叫ぶ。鋭い突きをアベルは半身を逸らしてかわす。しかし、続く蹴りを受けて大きく体勢を崩した。
「くっ!」
追撃の剣が肩を掠める。結界が致命傷を防ぐとはいえ、衝撃はそのまま伝わる。アベルは地面を転がりながら受け身を取った。
「決まった!」
「レオニス殿下!」
歓声が一層大きくなる。
⸻
特別席では、ヒロインたちが立ち上がっていた。
「さすがです!」
フェリが思わず拍手する。
「押しています!」
リシアの瞳は輝いていた。
「殿下なら勝てます。」
ルナも嬉しそうに微笑む。
「あれだけ実力差があるように見えても、殿下は覆してしまうんですね。本当にすごい……。」
ミリアも感嘆の息を漏らす。
「やはり努力は報われるのですね。」
クラリスが誇らしげに頷く。
「殿下は誰よりも研鑽を積まれてきましたから。」
エリスは胸の前で手を合わせる。
「あと少しです。レオニス殿下……!」
セレスティアも微笑みながら、その勇姿を見守っていた。
「殿下なら、必ず。」
七人の視線は、ただ一人へ注がれている。
⸻
一方、ルドルフだけは歓声の中で立ち尽くしていた。
「違う……。」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「あれは、実力で押されてる顔じゃない。」
これまで付き合いで分かる。
アベルは押されているのではない。
何かを守ろうとしている。
何かを恐れている。
それなのに、その理由だけは、どうしても見えてこなかった。
結界の中では、レオニスがゆっくりと剣を構え直す。対するアベルは肩で息をしながら立ち上がる。制服は土埃にまみれ、腕や肩には結界越しでも消せない打撲の跡が残っていた。
それでも剣は離さない。静かに構え直す。その姿に、ルドルフは歯を食いしばる。
(アベル……お前、一体何を背負って戦ってるんだ。)
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