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041話 交わることのない剣

 「準決勝第一試合!」


 「リシア・ヴァルク!」


 「アベル・マリス!」


 審判の声が闘技場に響く。


 大きな歓声の中、リシアは静かに試合場へ足を踏み入れた。腰の剣に手を添えたまま、真っ直ぐアベルを見据える。その眼差しに宿るのは、隠そうともしない敵意だった。対するアベルも結界の中へ入り、一礼する。


「よろしく。」


 リシアは無言で一礼を返す。

 言葉はない。


 結界が淡く輝き始めた。


「始め!」


 開始と同時に、リシアが地面を蹴った。身体強化魔法を纏った一撃が一直線に迫る。


 鋭い。

 速い。


 アベルは剣で受け止め、そのまま力を流す。

 続けざまに二撃、三撃。

 リシアは一切口を開かない。剣だけで相手を圧倒しようとしていた。観客席から歓声が上がる。


「リシアさん、速い!」

「さすが特別クラス!」


 アベルは受け流しながら目を細めた。


(ここまで伸びていたのか。)


 踏み込み。

 足運び。

 剣を引く速さ。

 以前の力任せだった面影はほとんどない。

 積み重ねた鍛錬が、その剣には表れていた。

 何合も打ち合いながら、アベルは思わず口にする。


「強くなったね。」


 その瞬間、リシアの剣が止まった。

 一瞬だけ、ほんの僅かに。

 次の瞬間には、さらに鋭い斬撃が返ってくる。


 アベルは受け流す。


「本当に驚いた。前とは見違えるくら――」

「黙って。」


 初めてリシアが口を開いた。冷たい声だった。


「あなたに。」


 剣が交わる。


「そんなことを言われる筋合いはない。」


 再び斬り込む。


「今の私は。」


 一撃。


「レオニス殿下が。」


 二撃。


「導いてくださった。」


 三撃。


「殿下のおかげで。」


 四撃。


「ここまで強くなれた。」


 リシアは鋭い眼差しでアベルを睨む。


「知ったような口を利かないで。」


 アベルは静かに息を吐いた。


「……そうか。」


 それ以上は何も言わない。


 かつて自分が教えた剣筋。その面影が今も残っていることに気付いても。


 それを口にする意味は、もうなかった。



 アベルの構えが変わる。

 空気が一変した。


「!」


 リシアが本能的に危険を察知する。


 次の瞬間、アベルは一歩踏み込んだ。


 剣が閃く。


 リシアは受けるが、今までとは比べものにならない重さに、受け流したはずなのに腕が痺れる。


 間髪入れず二撃目。

 三撃目。

 四撃目。

 まるで途切れることなく剣が襲い掛かる。


「速い!」

「アベル、本気を出した!」


 観客席がどよめく。リシアも必死に食らいつく。

 だが、実力差は明らかだった。

 受けるたびに体勢が崩れ、足が後ろへ下がっていく。


 最後の一撃。

 甲高い音とともに、リシアの剣が大きく弾かれた。


「……っ!」


 空いた懐にアベルの剣先が静かに突き付けられ、同時に結界が淡く輝いた。


「勝者、アベル!」


 一瞬、闘技場が静まり返る。

 アベルはすぐに剣を下ろし、一礼する。


「ありがとうございました。」


 リシアは肩で息をしながら剣を拾い上げた。


 完敗だった。


 悔しさが胸を満たす。だが、その悔しさは敗北そのものではない。


(まだ……レオニス殿下に教わった剣を、私はもっと極められる。)


 アベルへ視線を向けることなく、小さく礼を返した。


「……ありがとうございました。」


 そのまま踵を返し、試合場を後にする。



 退場口では、レオニスが待っていた。


「惜しかった。」


 その一言だけで、張り詰めていたリシアの表情が柔らかくなる。


「申し訳ありません…殿下。」


 レオニスは首を横に振った。


「十分成長している。今日の敗北も、必ず次に繋がる。」


 その穏やかな言葉に、リシアは深く頷いた。


「はい、もっと強くなります。殿下のお役に立てるように。」


 レオニスは満足そうに微笑む。


 その光景を少し離れた場所から見ていたアベルは、静かに剣を鞘へ納めた。


 リシアは確かに強くなっていた。その努力も、鍛錬も、本物だった。だからこそ、彼女が誰のおかげでその力を得たと信じていても、アベルは何も言わなかった。

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