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閑話09話 街角の再会

 休日の王都は、多くの人々で賑わっていた。石畳の大通りには露店が立ち並び、焼きたてのパンや果実の甘い香りが風に乗って流れてくる。


 セレスティアは侍女エマを伴い、視察を兼ねて街を歩いていた。


「今日はずいぶん賑やかですね。」

「収穫祭も近づいておりますから。」


 エマは穏やかに微笑む。


 王女であることは周囲に悟られぬよう、セレスティアは質素な外套を羽織っていた。


 そんな時だった。


「あれ?」


 エマが足を止める。

 通りの向こうを歩く二人の青年が目に入った。

 一人は黒髪に黒い外套を纏った学院の男子生徒。

 もう一人は茶髪の快活そうな青年だ。


「お嬢様。あちらは……。」


 セレスティアも視線を向ける。


「ああ。アベル君ですね。」


 隣にいるのは、学院で何度か見かけたルドルフだった。二人は笑いながら何か話している。


「だからよ。」


 ルドルフが豪快に笑う。


「お前はもう少し人を頼れって。」

「努力はしている。」

「全然そう見えねぇんだよ。」


 アベルは困ったように笑った。学院ではあまり見ない、肩の力が抜けた表情だった。



 向こうも二人に気付いた。


 アベルはすぐに立ち止まり、一礼する。


「セレスティア様、休日に失礼いたします。」


 ルドルフも慌てて頭を下げた。


「こんにちは…」


 セレスティアは形式的に会釈を返す。

 エマは一歩前へ出た。


「アベル様。以前、山道で私どもを助けてくださったのは、やはりあなた様だったのですね。」


 アベルは静かに頷く。


「はい。あの時は何のフォローもせずにあの場を離れてしまって申し訳ありませんでした。」

「やはり……。」


 エマは深々と頭を下げた。


「あの節は、本当にありがとうございました。お礼が遅くなりましたことを、お許しください。」


「気になさらないでください。」


 アベルは穏やかに首を横へ振る。


「ご無事で何よりでした。」


 そのやり取りを聞いていたルドルフが目を丸くした。


「えっ?アベル、お前そんなこと一言も言わなかったじゃねぇか。」

「話すようなことでもない。」

「いやいや、人助けは普通に話していいことだからな?」


 ルドルフは呆れたように笑う。


 その空気を断ち切るように、セレスティアが静かに口を開いた。


「ですが、アベルさん」


 アベルは視線を向ける。


「学院から与えられた課題とはいえ、あまりにも危険な行動を繰り返されるのはいかがなものかと思います。ご自身だけでなく、周囲にもご迷惑をお掛けすることになります。」


 ルドルフが眉をひそめた。


「いや、迷惑って……。」


 しかしセレスティアは続ける。


「レオニス殿下は、常に周囲の安全を第一に考えて行動されています。危険を避け、仲間を守ることこそ、優れた指導者の在り方です。それに比べますと、アベルさんのお考えは少々独善的に映ります。」


 その声音は穏やかだった。

 だが、言葉には冷たさが宿っていた。

 恩人へ向けるものではなく、敬愛するレオニス殿下と相容れない人物を評するような口調だった。


 ルドルフは思わず一歩前へ出る。


「待ってくれ。…いや、待って下さい。危険な迷宮へ行けって命令されてるのはアベルだろ?それを本人の考え方の問題みたいに言うのは――」

「いい。」


 アベルが静かに制した。

 ルドルフは口をつぐむ。

 アベルはセレスティアへ軽く一礼した。


「ご忠告ありがとうございます」

「ご理解いただけて良かったです。くれぐれもレオニス殿下にご迷惑をかけないようにお願いします。では、私達はこれで失礼します。ご機嫌よう」


 颯爽と歩き始めるセレスティア。アベル達に頭を深く一礼して追いかける侍女のエマ。アベルとルドルフはただそれを呆然と眺めるしかなかった。


「行こう、ルドルフ。」

「……ああ。」


 ルドルフは納得できない様子だったが、それ以上は何も言わずアベルの後を追った。



 何度も振り返って二人が離れていく様子を見送りながら、エマの胸は締め付けられるようだった。


(違う……。)


 今のセレスティア様は、私の知る、私が敬愛するセレスティア様ではない。命の恩人を前にして感謝を述べないだけではない。むしろ、レオニス殿下と比較し、その劣る点を諭すような口ぶりだった。以前のお嬢様なら、決してそのような物言いはなさらなかった。


 エマは隣に立つセレスティアへ視線を向ける。


 左手の中指には、銀色の指輪。

 陽光を受け、美しく輝いている。


 その輝きの奥に、一瞬だけ黒い靄のようなものが揺らいだ気がした。


 目を瞬くと、もう見えない。気のせいかもしれない。

 だが、エマにはもう偶然とは思えなかった。


(レオニス殿下がお授けになった、あの指輪……。)


 学院へ入学してからのお嬢様の変化。

 レオニス殿下への異常なほど強い信頼。

 そして、命の恩人にさえ向けられる冷たい態度。

 それらが一本の線で繋がり始めていた。


 エマは静かに拳を握る。


(私は、お嬢様をお守りしなければ。)


 たとえその相手が、王国の未来を担うと期待されるレオニス殿下であったとしても。


 幼い頃からお仕えしてきた主人に何か異変が起きているのなら、侍女として見過ごすわけにはいかなかった。

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