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038話 忍び寄る脅威

 守護者を討伐した翌日。


 「宵闇の月」の3人とアベルは、深層迷宮を慎重に引き返していた。無理な戦闘は避け、魔物の気配を感じれば遠回りをする。今は成果と情報を持ち帰ることが何よりも重要だった。


「今回ばかりは、酒が何杯あっても足りねぇな。」


 リックが豪快に笑う。


「飲み過ぎるなよ。」


 ガルドが呆れたように返す。


「明日は報告書を書かされるんだからな。」

「それが一番嫌なんだよ。」


 そんな取り留めのない会話を交わしながら歩く一行の空気は、以前よりもずっと軽かった。アベルも自然と会話に加わるようになっていた。以前なら必要最低限しか口を開かなかった彼が、今ではリックの冗談に小さく笑みを浮かべることもある。ガルドはその変化を嬉しそうに眺めていた。



 街へ戻ると、冒険者ギルドは昼時ということもあり、多くの冒険者で賑わっていた。


「おい、『宵闇の月』だ!」

「帰ってきたぞ!」


 顔見知りの冒険者たちが次々と声を掛けてくる。


「今回は長かったな。」

「深層まで行ってたんだろ?」

「まあな。」


 ガルドは曖昧に笑って答える。守護者の存在はまだ伏せることに決めていた。不用意に広めれば、腕に覚えのある冒険者が無謀な挑戦をしかねない。まずはギルドへ正式に報告する。それが長年冒険者として生きてきた彼らの流儀だった。



 応接室。


 支部長のバルクは、五人の報告を最後まで黙って聞いていた。机の上には、守護者から回収した巨大な魔石の欠片が置かれている。報告が終わると、彼は深く息を吐いた。


「……信じ難い話だが、この欠片が何よりの証拠だな。」


 バルクは魔石を静かに見つめる。


「迷宮守護者。しかも第五階層のさらに先か……。」


 険しい表情のまま立ち上がる。


「これは支部だけで判断できる案件ではない。本部へ緊急報告を上げる。」


 ガルドが頷く。


「頼む。下手をすれば、あそこは災害級の危険区域になる。」

「分かっている。」


 支部長の声には、緊張が滲んでいた。



 報告を終えた後、一行はギルドの酒場で遅い昼食を取っていた。いつものようにリックが肉料理を山のように注文し、トーヴが呆れ顔でため息をつく。そんな光景を見ながら、アベルはふと窓の外へ目を向けた。


 街は平和だった。


 子どもたちが走り回り、露店からは焼き菓子の香りが漂う。誰もが穏やかな日常を過ごしている。


「どうした?」


 ガルドが尋ねる。


「いや。」


 アベルは静かに首を振った。


「こういう景色を守るのが、冒険者なんだと思っただけだ。」


 ガルドは少し驚いたように目を丸くし、それから穏やかに笑った。


「そうだ。」

「だから俺たちは生きて帰る。」

「誰かを守るためにな。」


 その言葉を、アベルは静かに胸へ刻んだ。



 一方、その頃――。


 王都から遥か北方の人の踏み入ることのない黒い山脈の奥深く。巨大な城の玉座の間では、重苦しい沈黙が流れていた。漆黒の鎧を纏った魔族の将が、片膝をついて報告を行っている。その腕には鎧の兜。しかし、鎧の上にあるべき筈の頭はない。魔将軍デュラハン。魔王の片腕で四天王の上に君臨する魔王軍最強の戦士の一体。


「申し上げます。」

「第五封印迷宮の守護者が……討たれました。」


 玉座に座る人影は、しばらく何も答えなかった。

 やがて、低く響く声が広間を震わせる。


「人間がか。」

「はい。」

「討伐した者の詳細は、現在調査中です。」


 玉座の肘掛けを、長い指が静かに叩く。


「予定より早いな。」


 その一言だけで、将たちは緊張した面持ちになる。


「封印が破られた以上、我らも動かねばならぬ。」


 玉座の奥で、赤い瞳がゆっくりと開かれた。


「四天王を招集せよ。」

「はっ!」


 魔族たちは一斉に頭を垂れる。

 静まり返った玉座の間に、不気味な笑みが響いた。


「人間たちよ。束の間の平和を楽しむがよい。間もなく、長き停滞は終わる。」


 世界はまだ、その言葉の意味を知らない。


 しかし、誰にも気づかれぬまま、確実に大きな歯車は動き始めていた。

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