037話 勇者への覚醒・後編
崩落した岩壁が、最後の石を転がし終える。重苦しい静寂が広間を包んだ。退路は完全に塞がれている。
ガルドは崩落した壁へ一瞥をくれると、すぐに守護者へ向き直った。
「……逃げ道はねぇな。」
その口調は落ち着いていた。長年、死線を潜り抜けてきた男だからこその冷静さだった。
リックは大きく息を吐く。
「こういう日もあるか。」
「縁起でもないこと言うな。」
トーヴが苦笑する。その笑みは強張っていたが。
アベルは剣を構えたまま敵を見据えている。
守護者はまだ動かない。巨大な身体に埋め込まれた魔石だけが、規則正しく明滅していた。
「……ガルド。」
「なんだ。」
「胸の魔石。」
「あれが核だと思う。」
ガルドも頷く。
「俺もそう思う。」
「だが届かない。」
あれほど巨大な相手に接近し、なおかつ外殻を突破して核を破壊する。言葉にするのは簡単だが、現実にはほぼ不可能だった。
その時だった。
守護者がゆっくりと腕を持ち上げる。
「来るぞ!」
ガルドの声。
全員が散開する。
轟音。
地面が砕け、衝撃波が空間を薙ぎ払う。リックが吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「リック!」
トーヴが援護魔法を放つ。
だが、その魔法さえ守護者にはほとんど効かない。
「くそっ!」
ガルドが盾を構え突撃する。
だが一撃。盾ごと吹き飛ばされた。
鈍い音と共に転がる。
「ガルド!」
アベルが駆け寄る。
「大丈夫だ。」
ガルドは苦笑した。
「肋骨が何本か折れたくらいだ。」
そんな状態でも笑う。
それがベテラン冒険者だった。
「アベル。」
ガルドが静かに言う。
「聞け。俺たちが時間を稼ぐ。」
苦悶の表情を抑え込むように言葉を繋ぐ。
「お前が核を壊せ。」
アベルは首を振る。
「無理だ。あの高さまで届かない。」
「届く。」
リックが血を吐きながら笑う。
「俺たちが持ち上げる。」
「……。」
「仲間ってのはな。」
トーヴが魔法陣を描く。
「こういう時に頼るもんだ。」
その言葉に、アベルは黙った。
学院では一人だった。
一人で戦い、一人で帰る。
誰も背中を預けなかった。
だが今は違う。
「……分かった。」
短く頷く。
ガルドが笑った。
「それでいい。」
⸻
「行くぞ!」
四人が同時に動く。
リックが左足へ斬りかかる。
トーヴの拘束魔法が守護者の動きを鈍らせる。
ガルドは真正面から盾を叩きつけた。
「こっちだ!」
守護者の視線が集まる。その瞬間…
「今だ!」
リックが叫ぶ。
アベルは全力で駆ける。
途中、リックが肩を貸したガルドの盾を踏み台に跳躍。
「飛べ!」
人一人分、さらに高く。
まだ届かない。
その時、
トーヴの風魔法が背中を押した。
身体が、もう一段浮き上がる。
アベルの視界いっぱいに青白い魔石が迫る。
「はぁぁぁぁっ!」
剣を握る。全身の魔力が自然と刃へ流れ込む。
今まで感じたことのないほど、澄み切った感覚。
迷いが消える。
恐怖もない。
ただ一撃。
守るための一撃。
剣が魔石へ突き立った。
甲高い音。
そして…
パキッ――。
小さな亀裂。
次の瞬間、眩い光が広間全体を飲み込んだ。
⸻
守護者が咆哮を上げる。
全身に亀裂が走り、岩の身体が崩れ始める。
「成功だ!」
ガルドが叫ぶ。
轟音。
巨体がゆっくりと崩れ落ちる。そしてそれは、やがて無数の光となり、静かに消えていった。
残されたのは、砕けた核の欠片だけだった。
「……終わったか。」
リックがその場へ座り込む。
「生きてるな。」
ガルドも笑う。
トーヴは魔力切れで壁にもたれた。
「もう一本も魔法は撃てん……。」
4人が満身創痍で倒れ込む中、唯一残心していたアベルの身体が淡い黄金色の光に包まれる。
「……?」
本人も驚いたように自分の手を見る。
傷が塞がっていく。
疲労が消えていく。
魔力が溢れてくる。
それだけではない。
何かが身体の奥底で目覚める感覚。
ガルドが目を見開いた。
「この光……。」
リックも息を呑む。
「まさか……。」
トーヴが静かに呟いた。
「勇者の……加護。」
三人とも、その伝承を知っていた。
歴史書の中でしか語られない存在。
人類が世界の危機に直面した時だけ現れるという、伝説の英雄。
光はゆっくりと収まる。
アベル自身は、その意味を理解していなかった。
「何が起きた……?」
ガルドは静かに笑った。
「坊主…いや……アベル。」
その声音は、これまでとは違っていた。
仲間としてだけではない。
一人の英雄を見つめるような、敬意が込められていた。
「お前、本当にとんでもねぇ奴だったんだな。」
アベルは苦笑する。
「俺にも分からない。」
「なら、帰ってから考えよう。」
ガルドは立ち上がり、剣を納めた。
「今日は祝いだ。」
「生きて帰れた。」
「それだけで十分だ。」
四人は笑い合う。その輪の中で、アベルもまた、穏やかに微笑んだ。
まだ誰も知らない。
この日、高難度迷宮の最深部で目覚めた力が、やがて世界の運命を大きく動かすことになることを。




