036話 勇者への覚醒・前編
とある冒険者宿の一室。
「今日は少し深くまで行く。」
朝食を終えたガルドが、迷宮の地図を広げながら言った。テーブルを囲む「宵闇の月」の五人は、真剣な表情で地図を覗き込んでいる。
「前回見つけた崩落跡の先だな。」
リックが指で一点を示す。
「あそこだけ妙に魔力の流れが濃かった。迷宮核に繋がっていてもおかしくない。」
トーヴも頷く。アベルは黙って地図を見つめていた。
あの場所には、自分も違和感を覚えていた。
ゲームにも学院の資料にも存在しない領域。
未知である以上、危険も大きい。
だが、それ以上に何かがあるという確信があった。
「無理はしない。」
ガルドが全員を見回す。
「危ないと思ったらすぐ帰る。全員で帰ることが最優先だ。」
「「「「了解。」」」」
四人の返事が重なった。
⸻
数時間後。
一行は前回引き返した地点へ到着していた。
崩落した岩盤の奥には、人が一人通れるほどの裂け目がぽっかりと口を開けている。
「……空気が違うな。」
リックが小さく呟いた。
ひんやりとした冷気。
肌にまとわりつく濃密な魔力。
呼吸をするだけで身体が重くなる。
「ここから先は未知だ。」
ガルドは剣を抜いた。
「慎重にな。」
裂け目を抜けると、視界が一気に開けた。
巨大な地下空洞。
天井は見えず、青白い結晶が星空のように無数の光を放っている。その幻想的な光景に、一瞬だけ全員が息を呑んだ。
「……綺麗だ。」
思わずリックが漏らす。
だが、その感嘆はすぐに緊張へ変わる。
「待て。」
トーヴが低く言った。
「何かいる。」
地面が震えた。
ゴゴゴ……。
低い唸り声のような振動。
空洞の奥で、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
岩のような外殻。
巨木のような四肢。
その胸部には、青白く脈打つ巨大な魔石が埋め込まれていた。
「なんだ、あれ……。」
リックの声が震える。
ガルドは険しい表情のまま呟く。
「資料で見たことがある。」
「迷宮守護者……。」
「だが、こんなとこにいるとは聞いてねぇ。」
守護者はゆっくりと首を巡らせる。
そして五人を見つけた瞬間、空洞全体を震わせる咆哮を放った。
轟音だけで岩壁が砕け散る。
「散れ!」
ガルドの号令で全員が左右へ飛ぶ。
直後、守護者の拳が地面を叩きつけた。
爆発したような衝撃が走る。
土煙の中、アベルは冷静に敵を観察する。
(大きい。だが、遅い。)
剣を構え、一気に距離を詰める。
狙うのは胸の魔石。
しかし...
ガキィン!
刃は外殻に弾かれた。
「硬い……!」
アベルが初めて驚きを見せる。
その隙を狙い、守護者の腕が振り下ろされた。
「アベル!」
ガルドが割って入り、盾で受け止める。
凄まじい衝撃。盾に亀裂が走る。
「ぐっ……!」
「ガルド!」
リックとトーヴが同時に援護に入る。
だが守護者は止まらない。
二撃目。
三撃目。
たった数合で、五人は広場の端まで押し込まれてしまう。ガルドは歯を食いしばった。
「勝てねぇ……。」
その一言は、長年最前線を生き抜いてきた男だからこそ重かった。無謀ではない。現実を見た上での判断だった。
「撤退する!」
誰も異論はない。
生きて帰ることが最優先。
それが「宵闇の月」の信条だった。
だが、守護者は逃がさない。
巨大な拳が通路を塞ぎ、唯一の退路を崩落させる。
轟音とともに岩が降り注ぎ、出口は完全に埋まった。
静寂。
誰も言葉を発しない。
逃げ道は、消えた。
アベルは崩れ落ちた岩壁を見つめる。
そして静かに剣を握り直した。
その胸の奥で、今まで感じたことのない熱が、小さく灯り始めていた。




