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357話 失われた再会*

 扉の向こうから聞こえた声に、マユミの身体が止まった。


「確かめよう」


 その声を聞いた瞬間、少女の瞳が再び大きく揺れる。

 忘れるはずがない。

 何度も夢に見た。

 何度も思い出した。

 自分を救ってくれた少年。

 自分を一人にしなかった人。


「……アベル、様?」


 震える声だった。


 扉が開くと薄暗い部屋へ、アベルが姿を現した。

 その後ろには、セレスティア、リシア、フェリ、ルナ、ミリア、クラリス、エリス、アンジェリカ。

 全員が警戒しながら、マユミを見ている。

 しかし、マユミはそんなことなど気にしなかった。


「アベル様……!」


挿絵(By みてみん)


 一気に駆け寄る。

 そして、その胸へ飛び込んだ。


「……!」


 アベルは一瞬驚いたものの、拒むことはなかった。マユミの首に黒いチョーカーが巻かれていない事が一目見てわかったからだ。アベルはマユミの身体を出来るだけ優しく受け止める。


「良かった……」


 マユミの声が震えていた。


「本当に……生きていてくださったんですね」

「ああ」


 アベルは静かに答えた。


「俺もマユミのことを心配していた。」

「ずっと……?」

「ああ」


 その言葉に、マユミは目を閉じる。胸の奥に張り詰めていたものが、ゆっくりほどけていく。


「私も……ずっと……」


 その笑顔は、あまりにも自然だった。涙を浮かべながら笑う少女を見て、アベルの表情もわずかに緩む。


「無事で良かった」

「はい」


 マユミは何度も頷いた。


「アベル様が来てくださったから、もう大丈夫です」


 そしてマユミは後ろにいるセレスティア達を睨みつけた。


「貴女達は……」

「マユミ、彼女たちは……あの銀髪の女性、アンジェリカ皇女殿下以外は、全員奴隷で俺の護衛だ。何も心配ない」

「……わかりました」


 マユミはやりきれないような苦々しい表情をして言葉を飲みこんだ。


     ◇


 アベルは周囲を確認する。敵の姿は無いが、潜入がバレるのも時間の問題だった。


「一旦、マユミを連れて脱出する」


 懐から転移スクロールを取り出した。一定範囲にいる仲間をまとめて転移させられるそれは、マユミがチョーカーに操られたまま抵抗するなら使う予定だった緊急脱出用だが、アベルは一度安全なところでゆっくりマユミと話がしたいと思ったのだ。


 皆が頷く。魔王への確実な対抗手段が用意できていない今は誰も異論は無いようだ。


 アベルがスクロールを広げようとした、その時だった。


「待ってください」


 マユミがアベルの腕を掴んだ。


「どうした?」

「もう一人……助けてほしい人がいます」


 アベルの手が止まる。


「誰だ?」


 マユミは少しだけ視線を伏せた。


「私を助けてくれたヒトです」

「この城の中にいるのか?」

「はい」

「どこに?」

「地下です」


 ルナが眉を寄せる。


「地下にはかなり強い魔力反応がありましたね」


 マユミは頷いた。


「そこにいます。私一人では、助けられませんでした。でも、アベル様なら……」


 マユミはアベルを見上げる。

 アベルはしばらく考え、転移スクロールを閉じた。


「分かった。案内してくれ」

「ありがとうございます」


 マユミは嬉しそうに微笑んだ。


「こちらです」


     ◇


 マユミの案内で、一行は城の奥へ進んでいった。

 先ほどまでの探索とは違い、マユミは迷うことなく進んでいく。先程までと違って魔族兵の見回りに全く遭遇しない。


「この先は巡回兵がいるので、次の角を右に行きます」


 その先の通路では、


「そこには感知結界がありますから、壁際を通ってください」


 アベルたちはマユミの指示に従った。


「随分詳しいな」

「ずっと、この城にいましたから」


 マユミは穏やかに答えた。


「覚えるしかなかったんです」


 その声音には、わずかな寂しさがあった。

 少なくとも、アベルにはそう聞こえた。


     ◇


 地下へ続く階段を下りる。次第にひんやりとした空気が肌を刺し始める。また、空気が冷たくなるにつれ、魔力も濃くなっていく。


「……この先です」


 マユミが足を止めた。

 目の前には巨大な鉄扉がある。

 扉には、いくつもの封印術式が刻まれていた。


「ここに?」


 アベルが尋ねる。


「はい」


 マユミは頷いた。


「この奥です」


 ルナが扉を調べる。


「かなり強い封印ね」

「内部からの魔力反応は?」


 アベルが尋ねる。

 ルナは目を閉じた。


「……ほとんど感じません」


 ミリアも鑑定を行った。


「魔力遮断処理がされています」

「中にいる相手を、外から感知できないようにしているみたいです」


 アベルは扉を見つめる。


「分かった」


 短聖剣を抜いた。


「開ける」


     ◇


 一閃して封印を解除する。


 その先にはもう一つ扉があった。そちらの扉は封印ではなく、術式による施錠だった。ミリアが制御回路を停止させ、ルナが術式を崩す。最後にアベルが扉を押し開けた。


 重い音が地下に響く。

 その向こうには巨大な空間が広がっていた。


 天井は高く、床には無数の魔法陣。

 壁には古い武器や鎧が並んでいる。


 そして…


 部屋の中央に一人の女性が立っていた。

 体幹の重要な部位を黒い甲冑で覆っている。

 目には赤い光。

 その前には巨大な剣。

 ただ立っているだけなのに……空気が重かった。


挿絵(By みてみん)


「……」


 アベルは反射的に扉を閉めようとしたが、もう扉は開かれたまま固定されてしまっていた


(……デュラハン。)


 魔王軍最強クラスの死騎士で将軍。

 アルセリアで一瞬だけだが剣を交えた。その実力は計り知れない。


「マユミ」


 アベルが低く呼ぶ。


「どういうつもりだ?」


 マユミは答えなかった。

 ただ、デュラハンの前へ一歩進む。


「師匠、連れてきました」


 その声は穏やかだった。

 デュラハンが顔を上げる。

 赤く鋭い眼光が、アベルたちを捉えた。


「……よくやった」


 低い声。

 その瞬間…

 マユミの表情が変わった。


「はい」


 アベルが眉を寄せる。


「マユミ?」


 彼女は振り返る。

 その顔には先ほどまでの笑顔がなかった。

 代わりに浮かんでいたのは、警戒だった。


「……近づかないでください」

「何?」


 アベルが一歩進む。

 マユミは一歩下がった。


「あなたは……」


 声が震えている。


「私の知っているアベル様ではありません」


 空気が凍った。


「……何を言ってる?」


 マユミは首を横に振る。


「私の知っているアベル様は、あの連中と一緒に行動などしません。それで私を騙そうともしません」

「ちょっと待て。何を言っているんだ?」


 アベルの顔から表情が消える。

 セレスティアたちも互いに顔を見合わせた。


「マユミ」


 アベルはゆっくりと言う。


「俺だ」

「違います」


 即答だった。


「あなたは、アベル様の姿をした偽物です」


 マユミの声には、確信があった。

 そこには嘘をついている様子などない。

 本当に本気でそう信じている。

 アベルの胸に、嫌な感覚が走った。


(魔導チョーカーによる思考誘導ではない……他の魔導具?あるいは……?)


 これまでのマユミの態度。

 再会した瞬間の喜び。

 抱きついてきたこと。

 そして、地下へ誘導したこと。

 すべてが罠だったのか。


 いや、違う。

 あの笑顔は、本物だった。

 マユミは本当に自分と再会したと喜んでいたはず。

 そう信じたい。


 ただ、少なくとも今目の前にいるアベルを「偽物」だと認識している。


「マユミ!」


 アベルが呼びかける。


 だが…


「来ないで!」


 マユミが叫んだ。

 その声と同時に、彼女の身体から黒紫色の魔力が噴き上がる。魔族としての力が、一気に解放された。


「騙されません。アベル様は…もう居ないんです!だから……!」


 彼女の目に涙が浮かぶ。


「偽物を騙る貴方の存在を絶対に認めません!」


 デュラハンが静かに頷く。


「その通りだ。奴は偽物だ。絶対に許すな」


 その言葉に、マユミは頷いた。


「……はい」


     ◇


「アベル様」


 セレスティアが静かに声をかける。


「……ああ」


 アベルは短聖剣を握り直す。

 マユミを傷つけるわけにはいかない。

 しかし、目の前のデュラハンを無視してマユミの相手はできない。それほどの強敵。


 しかも、ここは魔王城の深部。

 逃げ道も限られている。


「どうする?」


 フェリが尋ねる。

 アベルは一瞬だけ転移スクロールを見る。そして、


「一旦、脱出しよう」


 スクロールを広げ魔力を送った。だが、スクロールは反応しない。


「アベル様、この床に転移防止の魔法陣が!」


 ミリアが数多く描かれたなかに巧妙に隠された魔法陣を見つけた。それは転移での脱出を阻害するものだ。


 次の瞬間、最初に入った方の封印の扉が音を立てて閉じた。それによりアベル達は、その空間に閉じ込められてしまった事を理解する。


 アベルはマユミを見た。

 震える瞳はどこか悲しげで、デュラハンに支えられて立っているようにも見えた。


 デュラハンがマユミの前に出て剣を構えた。

 巨大な魔力が、部屋全体へ広がる。


「偽物の勇者よ」


 低い声が響く。


「よくも邪魔をしてくれたな。ここから生きて帰れると思うな」


 アベルは短聖剣を構えた。

 その背後でマユミが静かに呟く。


「……偽物なんかに、アベル様を汚させません」


 アベルはその言葉を聞いて、目を伏せる。

 偽物ではない。

 なんとかそれを伝えたい。

 けれど、今のマユミには届かない。


 再会できたと思った。

 抱きあって喜んだはずだった。

 あれも演技だったのか……わからない。

 それが何よりも残酷だった。


 アベルは静かに息を吐く。


「……マユミ。必ず元に戻す」


 白銀の魔力が、短聖剣を包む。


「だから、それまで――」


 一歩、踏み込む。


「絶対に死ぬな」


 デュラハンが剣を振り上げた。

 魔王城の地下で愛する者を取り戻すための熾烈な戦いが今始まった。

没にした挿絵。

挿絵(By みてみん)

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