356話 深部へ*
黒い石材で築かれた外壁で囲まれた中に、高く伸びる尖塔が聳え立っている。そして、それらの表面を這うように流れる赤黒い魔力が特徴的な魔王の居城。まるで城そのものが巨大な魔導装置になっているかのようだった。
「……あそこから入れそうです」
ミリアが近くの開いた窓を指さして小声で呟く。普段なら好奇心を抑えきれない彼女でさえ、今は声を潜めていた。
「罠じゃないか?」
「おそらく大丈夫かと……」
クラリスも鑑定魔法で確認したが罠らしき形跡は見当たらない。フェリが思い切って、そこから城の中に侵入する。
「……なにも起きない。大丈夫そう」
フェリがハンドサインでOKを伝えると、アベル達は次々と中に入った。
ミリアの開発した隠密の効果を発揮する魔導ペンダントが、それぞれの靴音や気配を消し、魔力を隠す。
そうして魔王城への侵入を果たしたアベル達。
アベルの視線は城の奥へ向けられている。
「情報を集めよう。先ずはメアから聞いたマユミの私室に向かう」
全員が頷いて静かに歩き出した。
(しかし、魔族の姿が無いな……)
城内はもちろんのこと、窓の外に広がる城下町も、どこか廃墟のようで生活感というか生あるものの営みといったものが全く感じられない。
「前に潜入したときと同じか?」
「いえ、あの時はそこかしこに魔族兵がいました。」
セレスティアが冷静に答える。
「前は地下道を通って城下町はスルーしましたけど、遠目に見た感じでは、もう少し賑わっていた気がしますわ」
クラリスが商売人としての視点で覚えていたことを述べた。
「だが、今はそれを考察している場合じゃないな。居ないなら居ないで好都合だ。行くぞ!」
アベル達一行は城の奥へと進んでいった。
◇
内部は、外観以上に異様だった。
長い廊下。
高い天井。
黒い石壁。
そこへ魔力灯が一定間隔で設置されている。
光は明るいはずなのに、どこか暗い。
影の輪郭だけが妙に濃く見えた。
「……静かですね」
エリスが小さく呟く。
「魔王城って、もっと兵士がいるものだと思っていました」
アンジェリカが疑問に感じたことを口にした。
「確かにな。……いや、いる」
アベルが答えた。その言葉を裏付けるように、遠くから足音が聞こえた。
複数……一、二……六人。
規則正しい歩調。
「来る」
アベルが手を上げた。
全員が壁際へ身を寄せる。
やがて角から魔族の兵士たちが現れた。
黒い鎧。
長槍。
魔力を帯びた兜。
彼らは周囲を確認しながら通り過ぎていく。
誰もこちらを見ない。
最後尾が角を曲がり、足音が遠ざかる。
「……行ったな」
リシアが息を吐く。
「この城、巡回の間隔がかなり正確です」
クラリスが呟く。
「軍事施設として完成されすぎていますわ」
アベルは頷いた。
「だからこそ、隙もある」
「規則正しい動きは、予測できる」
彼は先ほどの巡回兵が来た方向を見る。
「進むぞ」
◇
探索を始めてから、しばらく。
一行は三つの分岐を通過した。
最初の廊下は兵士の居住区へ繋がっていた。
次の通路には巨大な魔導装置が並び、魔王軍の武具や魔道具を製造しているらしい工房が広がっていた。
三つ目の通路では、地下へ続く階段を見つけた。
「地下……」
ルナが階段を見下ろす。
「魔力反応が強い」
◇
さらに奥へ進む。
途中、壁に巨大な魔法陣が描かれている部屋を見つけた。その中央には、空になった台座。
「何の装置でしょう?」
セレスティアが尋ねる。
ルナが慎重に近付く。
「転移装置……に近い」
「でも、普通の転移陣とは構造が違います」
ミリアも周囲を確認する。
「複数の魔力属性を同時に扱ってる」
「魔王城の中で使うためのもの?」
「おそらく」
アベルは台座を見つめた。
どこかで見たことがある。
ゲームの知識。
魔王城終盤のイベント。
いくつもの重要人物が移送される特殊転移装置。
だが。
(ゲームでは、こんな場所にあったか?)
現実は少しずつ変わっている。
以前ならゲームの知識だけで正解を導けた。
しかし今は違う。自分たちが行動することで、世界そのものが変化している。
「ここも覚えておく」
アベルはそれだけ言った。
◇
その時、遠くから声が聞こえた。
「誰かいるのか?」
全員が止まる。
「まずい」
アベルが周囲を見る。
隠れる場所がない。
廊下の先から魔族の兵士が二人、こちらへ向かってくる。
「こっち!」
フェリが小さく手招きした。
壁際に、半開きになった扉がある。
一行は滑り込むように中へ入った。
扉を閉める。
狭い室内。
全員が息を潜める。
外から足音が近付く。
「……確かに人の気配がした」
「気のせいだろ」
「この辺りは倉庫しかない」
兵士の声がすぐ外まで迫る。
扉が僅かに揺れた。
誰も動かない。
やがて。
「行くぞ」
足音が遠ざかる。
全員が同時に息を吐いた。
「……怖かった」
フェリが小声で呟く。
「お前、こういうの苦手だったか?」
リシアが尋ねる。
「戦うのは平気。でも、見つかっちゃいけない時に見つかりそうになるのは怖いよ」
その返答に、クラリスが小さく笑った。
「正直でよろしいですわ」
◇
さらに奥へ。
城の中心部へ近付くほど、魔力が濃くなっていく。
壁そのものが脈打っているように感じられた。
「……この辺り、何か変です」
エリスが足を止める。
「どうした?」
「生命力……というより、魔力の流れが不自然です」
彼女は胸元へ手を当てた。
「何かが、ずっと吸い上げられているような……」
ルナも魔力を探る。
「地下からです」
アベルの表情が変わった。
「地下?」
「かなり深い」
「何かいるのかもしれません」
その言葉に、一行の緊張が高まる。
しかし、アベルは地下へ向かう階段を見た。
そして、別の方向へ視線を移した。
「地下は後回しですか?」
ルナが尋ねる。
「ああ」
「今は情報が足りない」
全員が頷いた。
◇
最初に気がついたのはフェリだった。
城内をほとんど音も立てずに進み、目的地に近付くと、その付近の床と壁面には細い魔力の線が何本も走っている場所に行き当たった。
「……まるで防犯設備」
ルナが後ろから囁く。
「侵入者を感知するタイプ?」
「それだけじゃない」
ルナは目を細めた。
「魔力の流れを見る限り、接触したものの魔力属性まで識別して攻撃を仕掛ける罠に連動させているみたい」
ミリアが続けた。
「なら、回路そのものを一時的に騙せばいいんじゃない?」
ルナが彼女を見る。
「可能かもしれない。でも、城全体が繋がっているなら、一か所だけ書き換えると別の場所で異常が出る可能性がある」
「だったら壊すのは?」
リシアが剣へ手を伸ばす。
「駄目」
アベルとルナの声が重なった。
リシアが苦笑する。
「分かってる。冗談だ」
クラリスが小さく笑う。
「あなたの冗談は物騒ですわね」
アベルは結界を見上げた。
「どうにか触らないで進もう」
「可能ですか?」
アンジェリカが尋ねる。
「ああ」
アベルは通路の先を指差した。
「この警報の仕掛けは、見た感じここからあそこまでしかない。であれば俺が飛行魔法でピストン輸送すればいい。」
◇
「じゃあ、行くぞ。」
「はい。」
1人ずつお姫様抱っこをして飛行魔法で運ぶのは手間だが距離が短いため、それほどの時間は掛からなかった。運ぶ順番を決める方が時間をくったぐらいだ。そして今、最後の1人のリシアを運んでいる。
「ふう。終わったな。」
「はい。マユミさんの私室はもう直ぐですね」
「ああ」
◇
やがて、一行は一つの扉の前へ辿り着いた。
扉の向こうからは微弱な魔力が漏れている。
アベルは扉へ近付くと、その瞬間、胸の奥に、かすかな違和感が走った。
(……この魔力。)
知っている。
何度も感じたことがある。
アベルは目を閉じた。
意識を集中する。
微かな魔力。
冷たい、寂しい感じの魔力。
そして、どこか懐かしい感覚。
「アベル?」
セレスティアが声をかける。
「……いや」
アベルはゆっくり目を開いた。
「ここに誰かいる」
リシアが剣へ手を添える。
「魔族?」
「分からない」
アベルは扉を見つめた。
その奥から、もう一度だけ魔力が揺れた。
それは、自分を呼んでいるようにも感じられた。
メアから聞いていたマユミの私室の場所とは異なる。
「……でも」
アベルは静かに短聖剣を抜く。
「確かめよう」
◇
扉の向こう。
同じ頃、薄暗い部屋の中で、一人の少女が目を開いた。
綺麗な黒い長髪の少女はゆっくり立ち上がり、近くに置いてあった衣類を素早く身につけてから、身なりを魔法で整えた。
その表情には、驚きがあった。それは、どこか懐かしい魔力を感じたからだ。そんな感情を上書きするように心を冷静に保とうとするが、少女の瞳が大きく揺れる。
やがて、ゆっくりと扉へ手を伸ばした。
起き上がるシーン(表情違い)
https://x.com/code3600/status/2116820469915762944?a=3hKGukKbGAU7iKuG_Tg&s=46




