351話 究極連携魔法
夢魔の館。
誰もが、装備の確認や魔道具の調整、魔法の訓練など、魔王城に向かう準備を進めている。
そんなある日の朝。
「ティア」
訓練場へ向かおうとしていたセレスティアは、背後から呼び止められて振り返った。
「アベル様?」
「少し付き合ってほしい」
「ふはぁ♡……もちろんです!」
アベルがティアを連れてきたのは館の外。以前は森がしげっていたが、今では焼き野原になってしまっている。
「魔王城へ行く前に、ティアと練習しておきたい魔法があるんだ」
「私と練習?魔法?」
セレスティアは首を傾げる。
「どんな魔法でしょうか?」
「究極連携魔法だ。」
「……究極連携魔法?」
聞いたことのない言葉だった。
「そんな魔法があるんですか?」
「ああ。ただ、普通の魔法とは少し違う」
アベルはそう言うと、訓練場へ向かいながら説明を始めた。
「名前の通り、2人の術者が力を合わせて発動する魔法なんだ」
「合体魔法みたいなもの?」
「近いけど、少し違う」
アベルは歩きながら続ける。
「普通の連携魔法なら、それぞれが別の魔法を使って組み合わせることができる。たとえば、一人が水を作って、もう一人がそれを凍らせるとか、一人が敵を拘束して、別の人が攻撃するとか」
「ええ、それなら分かります。」
「究極連携魔法は、そういうものじゃない」
アベルが足を止めた。
「二人以上の術者が、まるで一人の術者になったみたいに魔力を完全に同期させるんだ」
「……一人の術者みたいに?」
「ああ」
アベルは頷いた。
「それぞれが別々に魔法を使うんじゃない。魔力の流れそのものを一つにする。」
「それって……かなり難しいんじゃない?」
「ものすごく難しい」
アベルは苦笑した。
「相手の魔力の流れを正確に感じ取って、自分の魔力を合わせなきゃいけない。少しでもタイミングがずれたり、魔力の流量が違ったりすると、魔法そのものが成立しないこともある」
「なるほど……」
セレスティアはしばらく考え込んだ。
「でも、そんなに難しい魔法を、どうして今になって練習するの?」
「魔王を倒すために必要なのと、信頼関係が特に重要な魔法だからだ。」
「信頼関係はわかりますが……魔王を?」
セレスティアの表情が変わる。
「ああ」
アベルは真剣な顔で頷いた。
「実は、魔王には普通の魔族にはない特殊な性質がある……らしい」
「特殊な性質?」
「魔王の身体には、二つの心臓があり、それぞれに魂核が存在するみたいだ」
「二つ……?」
「正確には、一つの身体に二つの魂核が重なって存在している」
セレスティアは驚いた。
「そんなことが……」
「普通ならあり得ない。だから、魔王を倒すのは、ほぼ不可能なんだ」
アベルは少し間を置いて説明を続けた。
「普通の攻撃で魔王の身体を破壊しても、魂核のどちらか一つしか破壊できない。もう片方が残っている限り、魔王は失われた魂核や肉体を再生できる」
「それはつまり……何度倒しても復活する可能性がある…ということですか……」
セレスティアの顔が強張った。
アベルは首肯する。
「だから、究極連携魔法が必要なんだ」
「その魔法が?」
「ああ」
アベルは頷いた。
「究極連携魔法には、普通の魔法にはない特殊な性質がある。二人以上の術者の魔力を完全に同期させることで、一つの術式の中に複数の魔力の起点を作れるんだ」
「複数の……起点ですか?」
「そう。だから、一つの魂核だけを狙うんじゃない。同時に二つの魂核へ魔力を届かせることができる」
セレスティアは息を呑んだ。
「つまり……」
「ああ」
アベルは静かに頷いた。
「二つの心臓、その魂核を同時に破壊する。それが、魔王を倒すための条件の一つなんだ」
セレスティアはしばらく言葉を失っていた。
「……そんな情報を、いったい何処で……」
「神託だよ」
「……そう……ですか。」
本当はゲーム知識だが、まあ神託と言っても差し支えはないだろう。
「究極連携魔法には、心の通じ合ったパートナーが必要だ。そして、今のティアと俺なら、そのパートナーになれると思う。」
アベルは自分の手を見つめた。
「それは、大変光栄ですが……」
「どれだけ俺の魔力が多くても、一人では二つの魂核を同時に捉えることはできない。だから、俺と完全に魔力を同期できる相手が必要なんだ。あと、魔力の相性がいいから、というのもある。ティアは俺の魔力の流れをかなり正確に感じ取れるようになっているだろ?」
「はい。アベル様に何かあったら直ぐにお助け出来るように、常に魔力を感じていますから」
アベルは少し考えてから言葉を続ける。
「究極連携魔法は単純に魔力量が多ければ成功するわけじゃない。相手を信頼して、自分の魔力を預けられるかどうかも重要なんだ」
「……信頼」
「そうだ」
アベルは頷いた。
「魔力を合わせるというのは、自分の力の一部を相手に預けるようなものだからな。相手が突然魔力を強くしたり弱くしたりすれば、自分も引っ張られる」
「それなら……確かに、誰とでもできるものじゃないですね」
アベルは焼き野原の方へ歩いていく。
「だから、魔王城へ行く前に練習しておきたい」
「魔王との戦いで、私とアベルがこの魔法を使うのね」
「ああ。ただしリスクもある。」
「……どんなリスクがあるのですか?」
「失敗したら、俺たちの魔力が大きく乱れる。場合によっては、術者側に戦闘継続が困難になるほどの反動が来るかもしれない」
セレスティアは少しだけ不安そうな顔をした。
「危険なんですね」
「だから練習するんだ」
アベルは微笑んだ。
「本番で初めてやるなんてことは絶対にしたくない」
「理解りました」
セレスティアは頷いた。
「頑張ります。それにパートナーに選んで下さってありがとうございます。」
「こちらこそ、ありがとう。よろしく頼む!」
二人は焼け野原の中央へ移動した。
「最初から魔法を発動する必要はない。まずは魔力を合わせるだけでいい」
「どうすればいいの?」
「俺から魔力を流す。ティアは、それに自分の魔力を合わせてくれ」
「はい」
アベルがゆっくりと魔力を放つ。
セレスティアも自分の魔力を流す。
最初は、二つの魔力がぶつかった。
「……難しい」
「無理に合わせようとしなくていい。俺の魔力を追いかけるんじゃなくて、流れを感じてみて」
「流れを……」
セレスティアは目を閉じる。
アベルの魔力を感じる。
強い。
けれど、以前のようにただ圧倒される感覚ではなかった。魔力がどこから流れ、どこへ向かっているのか。その流れを一つずつ感じ取っていく。
「……今」
「そう。その感覚だ」
魔力が重なった。
ほんの一瞬だったが、確かに二人の魔力が同じ流れになった。
「できた……?」
「ああ。今の感じを覚えておいて」
セレスティアは嬉しそうに頷く。
「もう一度やりましょう」
「ああ」
二度、三度と繰り返す。
最初は一瞬だった同期が、少しずつ長くなっていく。
「すごいな、ティア。普通はこんなに早く合わせられない」
「アベル様が教え方が上手だからです。……というか、今まで、どなたかと同じように練習された事があるのです?」
「いや、ティアが初めてだよ。」
「本当に?」
「ああ」
やがて二人の魔力が完全に重なった。
周囲の空気が震える。
セレスティアが驚いて目を開く。
「これが……究極連携魔法?」
「まだ入口だけどな」
アベルは笑った。
「でも、これなら本格的な術式に進めそうだ」
「魔王の二つの魂核も、これで同時に狙える?」
「ああ。理論上は」
「理論上?」
「実際にやるなら、もっと正確な制御が必要になる。魔王の魂核は互いに重なっているから、ただ強い魔力をぶつければいいわけじゃない」
「二つを同時に見つけて、同時に攻撃する……」
「そういうことだ」
セレスティアは少し考えてから、拳を握った。
「だったら、もっと練習しないとね」
「ああ」
「絶対に成功させましょう」
その声には、先ほどまでの不安はなかった。
「魔王城では、私もアベル様の力になりたいから」
「俺もティアに助けてもらいたいと思ってる」
「……本当に?」
「ああ」
その言葉に、セレスティアの表情が柔らかくなる。
「それなら、頑張ります!」
二人は再び魔力を合わせる。
魔王を倒すためには、二つの心臓、その魂核を同時に破壊しなければならない。そして、それを可能にする唯一の術が、究極連携魔法だった。
まだ完成には遠い。
それでもこの日、セレスティアは初めてその存在を知り、アベルと共に魔王討伐の切り札を手にするための第一歩を踏み出した。
魔王城で待つ最後の戦い。
その時、二人の魔力を完全に一つにすることができるかどうか。それが、ヒト族と魔王の命運を決めることになる。




