閑話80話 新型魔導徹甲弾*
本当なら閑話76話と閑話77話の間ぐらいの話。
インキュバスの襲来前に少し時を遡る。
夢魔の館に滞在するようになって、数日。そこには穏やかな時間が流れていた。
メアの治療を手伝ったり、夢魔達と話をしたり、そんな中でも、アベルたちは完全に休んでいるわけではなかった。武器の整備や魔導具の点検、魔法の訓練など、できる準備は少しずつ進めている。
その日も、アベルとミリアは夢魔の館にある一室を借りて、魔導具の調整をしていた。
「……うーん」
机の上に並べられた部品を前に、ミリアが唸っている。
「ミリア、まだ終わらないのか?」
「もう少しです。あと、この部分を……」
その隣では、アベルが魔力を流しながら部品の動作を確認していた。
そこへ、クラリスがやってくる。
「アベル様、ミリア。少しいいかしら?」
「クラリス?」
「何かあった?」
クラリスは二人の前まで来ると、手にしていた小さな箱を机の上へ置いた。
「お願いしたいことがあるの」
「「お願い?」」
「ええ」
クラリスが箱を開く。
中に入っていたのは、見慣れた形状の弾丸だった。
ミリアが興味深そうに覗き込む。
「これは……徹甲弾?」
「そうよ。一目でわかるなんてさすがね。」
クラリスは頷いた。
「これより、もっと強いものを作れないかしら?魔王軍には、普通の攻撃が通じにくい相手がいるでしょう?」
「まあ、いるな」
「特に硬い外皮を持つ魔獣や、強力な防御魔法を纏った敵と戦うなら、遠距離から確実に有効打を与えられる武器が欲しいの」
クラリスは弾丸を一つ摘まみ上げる。
「私は前衛ではないから、アベルやリシアたちほど強力な攻撃を直接叩き込めない。でも、だからこそ遠距離から仲間を援護する手段は増やしておきたいの」
「なるほど」
ミリアの目が輝いた。
「わかりました。つまり、徹甲弾を改良すればいいんですね!」
「ええ」
先ほどまで難題に苦しんで難しい顔をしていたミリアが、途端に元気になる。アベルはその様子を見て苦笑した。まあ、別のテーマを扱うのは気分転換にもいいだろうと思う。そんな事を考えているうちに、ミリアはすでに机の上の部品を片付け始めていた。
「クラリスさん、具体的にどんな相手を想定していますか?」
「硬い相手。特に、防御魔法と物理的な外皮を同時に持っている敵」
「なるほど……」
ミリアは腕を組む。
「それなら、単純に威力や硬度を上げるだけでは駄目ですね」
「そうなの?」
「はい。むしろ、魔力をどう弾丸に乗せるかが重要になると思います」
「ふうん」
「アベル様、他人事じゃないです。この改良にはアベル様の協力が不可欠ですから……。」
「どうしてだ?」
「勇者の力ですよ」
ミリアがアベルを見る。
「以前、アベル様の力を弾丸へ付与したことがあったでしょう?」
「ああ、"おまじない"な!」
「それを正式採用するんです。大量生産は無理でもクラリスさんが使う分ぐらいなら……ご協力頂けませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。」
クラリスの目が輝いた。
アベルも頷く。
こうして、新型徹甲弾の開発が始まった。
◇
最初の試作品は、あっさり失敗した。
「……駄目です」
ミリアが肩を落とす。
試射場として借りた夢魔の館の地下区画には、無残に変形した弾丸が転がっていた。
「魔力を込めすぎると弾そのものが耐えられません」
「逆に弱くすると?」
「今度は普通の弾と大差ありません」
「難しいな」
「だから面白いんですよ」
「失敗したのに?」
「失敗したからこそです!」
ミリアは目を輝かせていた。
どうやら完全に発明家の顔になっている。
クラリスも試作品を手に取って確認する。
「これは?」
「内部に魔力を保持する部分を作ったものです。ただ、勇者の力を流すと反応が強すぎました」
「前は、弾頭に勇者の力を付与してもらっただけだったのよね……。」
「それだと勇者の力を100%利用出来ません。せいぜい20%ぐらいです。」
「それであの威力ってことは、あと5倍は強く出来るってことね……。」
クラリスが考え込む。
「魔力を込めるんじゃなく、魔力そのもので弾頭を作れないかしら?」
ミリアが目を見開いた。
「……それです!」
「え?」
「クラリスさん、それです!」
ミリアが机を叩く。
「魔力を蓄えるんじゃなくて、魔力で弾頭を作りましょう。」
アベルが空の薬莢を手に取った。
「こんな感じか?」
アベルの手の中の薬莢に金色の魔力で出来た弾頭が現れる。
「魔力って、そんな事ができるんだ?」
「こんな事出来るのは、アベル様だけですよ。私も初めて見た時は驚きました。」
「そうか?」
そこからの作業は早かった。
ミリアが作った薬莢にアベルが弾頭を作る。と言っても、満足のいく形状にできるのは数回に1回なので、しばらくは練習が必要だった。
クラリスは試射をして、命中したときの感覚や威力、扱いやすさを細かく報告する。しかし、数日かけて試作を重ねるうちに、一つの問題が浮かび上がった。
「……待って」
クラリスが銃を下ろす。
「何かおかしいわ」
「どうした?」
「撃った後、腕が重いの」
クラリスは自分の右腕を軽く振った。
「最初は気のせいだと思った。でも、三発目から明らかに魔力の巡りが悪くなってる」
ミリアの表情が変わった。
「もう一度、魔力測定をさせてください」
測定器をクラリスの腕に当てる。
数値を見たミリアが眉を寄せた。
「……やっぱり」
「何が分かった?」
「弾丸が発射した人の魔力も一緒に引っ張ってます」
「私の魔力を?」
「はい。撃つ瞬間にアベルの力を解放するために、クラリスさんの魔力を導線として使っているんです」
アベルが眉を寄せる。
「つまり、撃てば撃つほどクラリスの負担が増える?」
「その通りです」
ミリアは試作品を見つめた。
「このままだと、強力な代わりに連射できません」
「どのくらい?」
「安全を考えるなら、一度の戦闘で三発まででしょうか…」
「三発……」
クラリスは少し考えた。
「四発目は?」
「撃てなくはありません」
ミリアは苦い顔をした。
「でも、四発目を撃つと魔力枯渇だけじゃなく、腕の神経にまで負担がかかる可能性があります。最悪の場合、しばらく銃を握れなくなるかも。エリスさんが近くにいれば神経の方は回復魔法でなんとかなるかもしれませんが。」
「……なるほど」
「だから、三発が限界です」
アベルはクラリスを見る。
「大丈夫か?」
クラリスは首を横に振った。
「でも、三発なら問題ないんですよね?」
「ええ。おそらく。」
「クラリス」
「大丈夫よ。無理はしない。だって私は前衛じゃないもの。」
クラリスは試作品を握る。
「でも、十発撃てる普通の弾より、一発で戦況を変えられる弾が今は必要なの」
ミリアは少し黙ったあと、頷いた。
「……分かりました」
そして設計図を書き直し始める。
「なら、制約を前提にして最適化します」
「できる?」
「もちろんです」
ミリアの目に、いつもの発明家としての光が戻る。
「三発しか撃てないなら、その三発を絶対に無駄にしない武器にします」
◇
そこからの改良は、それまでとは違う方向へ進んだ。
威力だけを追い求めるのではない。
一発ごとの安定性。
狙いの正確さ。
クラリスの魔力消費。
そして、撃った後に残る負担。
全てを計算し直す。
「ここを少し変えると、魔力の逆流を抑えられます」
「でも、その分威力が落ちるんじゃない?」
「少しだけです」
「なら、ここは?」
「そこを変えると照準が不安定になります」
「……難しいな」
アベルが苦笑する。
「武器って、威力だけ考えればいいものじゃないんだな」
「当然です!」
ミリアが即座に答える。
「使う人がいるんですから!」
その言葉に、クラリスも微笑んだ。
「それなら、私からも一つお願い」
「何ですか?」
「三発目を撃ったあとでも、最低限の戦闘ができるようにしてほしい」
「分かりました」
ミリアは設計図に新しい項目を書き込んだ。
「発射後の魔力を一気に吸い上げないようにして、負荷を少しずつ分散させます」
「それなら四発目も?」
「駄目です」
「即答ね」
「四発目は絶対に駄目です」
ミリアは珍しく真剣な顔をした。
「今製作しているのは三発目までを安全に使うための武器です。四発目まで撃てるようにすると、今度は三発目までの安定性が犠牲になります」
「……分かったわ」
クラリスは頷いた。
「なら、三発で終わり」
「はい」
そうして最後の調整が行われた。
そして数日後。
「完成しました!」
ミリアが一本の弾丸を掲げた。
それは以前の試作品よりも少しだけ複雑な魔力回路を持っていた。
「名前は?」
クラリスが尋ねる。
「《ブレイカー》にします。」
「なんか、イメージそのままなのね」
「だって分かりやすいですから!」
アベルが笑う。
「それでいいんじゃないか」
「私も気に入ったわ」
クラリスはブレイカーを手に取った。
「じゃあ、最後の試射をしましょう」
訓練用の標的には、強力な防御魔法が施されている。
クラリスが銃を構える。
「一発目」
引き金を引く。
轟音。
弾丸が標的へ突き刺さり、防御魔法を貫いて深く食い込んだ。
「成功!」
ミリアが叫ぶ。
「二発目」
再び発射。
標的の防御魔法が大きく崩れる。
「三発目」
最後の一発。
弾丸が命中した瞬間、標的全体に亀裂が走り、強化された魔法障壁が一気に砕け散った。
「……すごい」
クラリスが呟く。
だが、直後に右腕が震えた。
アベルがすぐに気付く。
「クラリス!」
「大丈夫」
クラリスは銃を下ろす。
「少し痺れてるだけ」
ミリアが駆け寄り、魔力測定器を当てる。
「……一応、想定範囲内です」
「本当に?」
「はい。ただし、今日はもうブレイカーは撃たないでください」
「分かったわ」
アベルも頷いた。
「これがブレイカーの代償だな」
「はい」
クラリスは完成したブレイカーを見つめる。
「仲間が危ないとき、どうしても突破しなければならない敵がいるとき……この三発があれば、私にも戦況を変えられる」
アベルは頷いた。
「頼りにしてるよ、クラリス」
「ええ」
クラリスは微笑んだ。
ミリアも胸を張る。
「ただし!」
「ん?」
「絶対に四発目を撃たないでくださいね!」
「分かってるわ」
「本当に?」
「本当に」
「……怪しいです」
ミリアがじっとクラリスを見る。
クラリスは苦笑した。
「そんなに信用できない?」
「戦場に出たクラリスさんが、『あと一発だけなら』って言い出しそうなので」
「……」
「ほら!」
「いや、今の沈黙は違うから!」
アベルは二人のやり取りを見ながら笑った。
こうして完成した新型徹甲弾。
勇者の力を込めた三発だけの切り札。
その代償として、使い手の魔力を大きく消耗させ、三発目の後にはしばらく戦闘能力を落とすという明確な制約を持つ。
だからこそ、それは万能な武器ではない。
撃つべき瞬間を見極めなければならない。
一発を外せば、大きな痛手になる。
それでも――。
クラリスにとって新しい力が一つ増えたことは確かだった。
夢魔の館の地下工房に、三人の笑い声が響いた。
そのときはまだ、この《ブレイカー》が完成して間もなく実戦投入されることになるとは、誰も知らなかった。




