348話 伝説の魔法*
夢魔の館を巡る戦いは、開始から一時間近くが経過していた。
館の正門前では、アベルとリシアが前衛を支え、クラリスが後方から敵の指揮系統を狙っている。フェリは風魔法でワイバーンの進路を乱し、アンジェリカとソラム&ソレムはゲリラ戦術によって敵の進軍を妨害していた。
ミリアが展開した防衛用の魔道具も、セレスティアの障壁を補助しながら稼働を続けている。しかし、敵の数は一向に減らなかった。
倒れた魔族兵の後ろから新たな兵士が押し寄せ、魔導砲の攻撃が途切れれば、今度は歩兵が一斉に突撃してくる。敵は夢魔を傷つけすぎないようにしながら、館の防衛線を少しずつ削っていた。
それは、こちらの消耗を狙った戦術だった。
「アベル、左側から新手!」
フェリの声が響く。
「分かった!」
アベルは正面の敵を短聖剣で受け流し、そのまま身体を回転させた。背後へ回り込もうとしていた魔族兵の武器を弾き、続く一撃で足元を崩す。
倒れた敵を踏み越えて、さらに二人が迫る。
アベルは一人目の槍を横へ逸らし、もう一人の剣を刃の根元で受け止めた。力任せに押し返すのではなく、相手の体勢が崩れた瞬間に踏み込み、二人まとめて戦闘不能へ追い込む。
だが、息を整える暇はなかった。
前方から、また別の部隊が押し寄せてくる。
(本当にきりがないな……)
アベルは短く息を吐いた。
勇者の力を使えば、目の前の敵をまとめて吹き飛ばすことはできる。しかし、それを繰り返せば魔力が先に尽きる。何より、敵を倒すだけでは意味がなかった。
夢魔たちを守り、館を維持し、敵の捕獲作戦そのものを失敗させなければならない。今の戦力で千人規模の軍勢を相手にするには、戦い方そのものを変える必要があった。
◇
後方の防衛区画では、ミリアが魔道具の制御盤を操作していた。
「第二障壁、出力低下! 第三回路へ切り替えます!」
淡い光が館の外壁を走り、損傷した障壁の一部が再構築される。だが、制御盤の針は危険域から戻らなかった。
「駄目……。魔力供給が追いつかない」
ミリアは唇を噛んだ。
魔導具そのものに問題があるわけではない。敵の攻撃が想定を超えているのだ。これだけの規模の軍勢を相手に、館の設備や突貫で増設したバリケードだけで持ちこたえるのは難しい。
「ミリア、こっちは私が引き受けるわ!」
クラリスの声が届く。
彼女はライフル型魔導銃を構え、敵兵を次々と牽制していた。
「ありがとう!」
「でも、長くは持たないと思いますわ!」
「分かっています。」
クラリスは弾倉を交換しながら、敵の後方へ視線を向ける。
「このままでは、いずれ押し切られますわね……」
その言葉は、誰もが感じている現実だった。
◇
館の外周では、セレスティアが巨大な障壁を維持していた。
幾重にも重なった魔力の壁が、魔導砲の攻撃を受け止めている。だが、衝撃が走るたびに表面へ亀裂のような光が広がり、彼女の額には汗が浮かんでいた。
「……っ」
魔力を注ぎ直す。
障壁の一部を薄くし、別の部分へ出力を集中させる。敵の攻撃を完全に防ぐのではなく、力の流れを変えて衝撃を分散させることで、なんとか持ちこたえていた。
それでも、限界は近い。
「セレスティア様!」
エリスが駆け寄った。
「今、回復魔法を。あと、これマナポーションです。」
「ありがとう。でも今、手が離せないの!そこに置いといて。」
セレスティアは障壁から手を離さずに答えた。
エリスはポーション瓶にストローを差し込んで、セレスティアの眼前に出した。セレスティアは迷わずストローを咥える。
「大丈夫ですよ。ルナならきっと、やってくれます。」
ポーションを飲み切ったあと、セレスティアは微笑んだ。
◇
ルナは、杖を握り締めたまま必死に魔法陣の準備をしていた。
精霊式爆裂魔法の拡張。彼女がそれまで考えてきたのは爆発させる魔力の収束度を如何に高めるかだった。しかし、精霊式の爆裂魔法では周囲に存在する魔力を取り込み、複数の属性を一つの現象へ統合する。これを、いくつも連鎖させる事で極大化し、爆発の範囲と方向を制御することで、敵の軍勢だけをまとめて攻撃することが可能とする。
かつてイヤマ王国の女王が得意としていた魔法という伝承だけが残っているものの、それを実際に実現させた者はいなかった。
必要な魔力量が桁違いであり、術式の制御も極めて難しい。少しでも均衡が崩れれば、術者自身が爆発に巻き込まれる危険すらある。
今のルナは一人では到底扱いきれない。
(……でも)
ルナは目を開いた。
(私一人で全部やる必要はない……か。)
ルナはゆっくりと息を吸った。
これまで、魔法は自分の知識と技術で完成させるものだと思っていた。仲間の力を借りることはあっても、術式の根幹まで他者に委ねることは考えたことがなかった。しかし、今必要なのは、誰か一人の才能ではない。それぞれが持つ力を、一つの目的のために組み合わせることだった。
ルナはアベルのいる前線へ視線を向けた。
「……アベル!」
声を張り上げる。
「一度、戻って!」
アベルは迫ってきた魔族兵の武器を弾き、リシアへ対処を任せると、魔力を足元へ流して一気に距離を取った。
「どうした、ルナ!」
ルナの表情を見た瞬間、アベルは何かを察した。
「……私一人では完成できない。手伝って。」
「分かった。何をすればいい?」
ルナは課題を説明し始めた。
その言葉に、アベルの表情が変わる。
「通常の爆裂魔法とは違い、周囲の魔力を広範囲から集め、炎、風、光、衝撃を一つの爆発へ統合する。だが、一つ問題がある。」
ルナは首を振った。
「属性の種類が多くて、正直、一人では制御しきれない。あと術式を安定させるための補助も必要。それで爆発の方向を制御する。」
「つまり、人手が必要だと?」
「はい」
ルナは仲間たちを見渡した。
「アベルの勇者の力で術式の中心を安定させたい。あとアベルには空間魔法の制御を。フェリとルシアに風魔法と光魔法の制御を、炎は私が。術式安定の補助はアンジェリカ殿下にお願いしたい。」
「アンジェに?」
「そう。セレスティア様は防壁の維持に手を離せそうにないし、爆発からの防御は他の誰にも出来ない。魔力制御が次に上手いのはアンジェリカ殿下。」
アベルは頷いた。
「わかった。アンジェにも協力を頼もう。」
ルナの目に、わずかな希望が浮かんだ。
「ミリアとクラリスは、前衛が下がっている間、弾幕を張って敵を近づけさせないでくれ。」
「分かった!」
「了解ですわ!」
アベルは最後に、ルナを見つめた。
「術式を完成させるのは、君だ。俺たちは、そのために必要なものを全部用意する」
ルナはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと頷く。
「……分かりました」
その目には、研究者としての熱が戻っていた。
「完成させます。みんなの力を借りて、必ず」
◇
だが、その計画を実行するには、まず敵の攻撃をしのがなければならなかった。
魔王軍の指揮官は、館の障壁が揺らいでいることに気づいていた。
「よし、魔導砲を集中させろ!」
命令とともに、複数の砲台が一斉に館へ照準を合わせる。
「障壁を破れば、あとは簡単だ! 夢魔どもを一人残らず捕らえろ!」
砲撃が始まった。
轟音が森を揺らし、セレスティアの障壁へ次々と光弾が叩きつけられる。
「……っ、出力が……!」
セレスティアの膝がわずかに沈む。
エリスがすぐに彼女の肩へ手を添え、回復魔法を流し込んだ。
「セレスティア様、あと少しだけ耐えてください!」
「分かっています……!」
その一方で、リシアとアベルは前線で敵を押し返していた。アンジェリカとソラム、ソレムはリシアとアベルが撃ちもらした敵を掃討し続けている。また、フェリの風魔法が敵の隊列を乱し、クラリスの魔導銃が指揮官の周囲を牽制する。ミリアはパワードスーツで的を薙ぎ払う。
誰もが限界に近づいている。
それでも、まだ誰一人として諦めてはいなかった。
アベルは短聖剣を構え直し、押し寄せる敵を見据える。
ルナは杖を握り締めた。
「準備出来た。全員、配置に!」
千人の軍勢を前に、夢魔の館の防衛線は崩壊寸前だった。
だが、その後方では、誰も見たことのない魔法が完成へ向けて動き始めていた。皆の力を一つに束ねることができれば、戦況を変えられるかもしれない。
ルナは魔法陣の中央に立ち、静かに呟いた。
「……極大爆裂魔法。成功させる。必ず!」
彼女の後ろには護るべき夢魔と仲間達がいる。
ルナの心には静かに闘志が漲っていた。




