347話 防衛戦線(後編)*
夢魔の館。
屋根の上では、クラリスがライフル型の魔導銃を構えていた。この新しい魔導銃はミリアに依頼して作っておいてもらったものだ。
敵の歩兵を無差別に撃つのではなく、スコープを覗いて見える指揮官や魔導砲の操作要員を狙っている。
「狙い撃ちますわ。一人目……!」
銃声が響き、魔導砲の照準を調整していた魔族兵が倒れた。
続いて別の兵士が砲口を動かそうとするが、クラリスの弾丸が操作盤を撃ち抜く。装置が火花を散らし、砲口が不規則に揺れた。
「これで、少しは静かになりますか……」
しかし、敵の指揮官はすぐに対応した。
操作要員を交代させ、魔導砲を複数方向へ分散させる。さらに盾を持った兵士を前へ出し、射線を塞いできた。
「まあ……簡単にはいきませんわね」
クラリスは銃を構え直した。
「なら、こちらも工夫するだけですわ」
彼女はミリアの設置した小型魔道具を確認した。敵の足元に先立って仕掛けておいた罠の装置が起動し、地面から薄い魔力の壁を生み出す。
前進していた兵士たちが魔力の壁に躓いて転び、ドミノ倒しのように倒れていく。
「今です!」
クラリスの銃声が続く。視界が開けた先には指揮官らしい魔族兵がいた。クラリスの弾丸が正確に、その魔族の急所を撃ち抜く。指揮官が倒れ、敵の進軍がわずかに鈍った。
また、魔導銃の弾丸で敵の武器や装備を狙い、魔導具の作動部を破壊する。そうして無力化された兵士たちが後方へ下がることで、後続の進路も塞がれていった。
「数だけで押し切れると思ったら、大間違いですわ」
クラリスは次の弾倉を装填した。
それでも、敵の数は減り切らない。魔導砲の一部が再び動き始め、館へ向けて照準を合わせていた。
◇
ミリアは館の周囲に設置した魔道具の状態を確認していた。
「第一障壁、出力低下。第二回路へ切り替えます!」
彼女が操作盤へ手を伸ばすと、館の外壁に沿って淡い光が走る。魔力障壁が部分的に再構築され、敵の攻撃を受け止める位置が変わった。
だが、魔道具の針はすでに危険域へ近づいている。
「……やっぱり、これだけの攻撃を受け続けるのは無理があるわね。」
ミリアは歯を食いしばった。
敵の数は多く、攻撃の間隔も短い。こちらが一つの障壁を維持している間に、別の場所が狙われる。
「セレスティア様!魔導砲の攻撃が続けば、外壁の回路が保ちません!」
「分かったわ!」
セレスティアは、敵の後方へ視線を向けた。
魔力の流れを読み取り、両手で印を結び魔導砲の周囲へ氷の魔法陣を展開する。
「凍結!」
地面から伸びた氷が砲台の脚部を覆い、照準を変えようとした装置を固定した。砲弾が放たれる直前、砲口がわずかに逸れる。
光弾は館を外れ、森の奥で爆発した。
「次!」
セレスティアは次の魔法陣を組み上げた。その動きは正確だったが、彼女の視線は戦場全体を捉えている。
敵はただ数に頼っているわけではない。こちらの魔力を消耗させ、障壁が弱まったところで一気に侵入するつもりだ。
(長期戦になれば、こちらが不利……)
セレスティアはそう判断した。
今はまだ、敵の進軍を止められている。
しかし、このままではいずれ突破される。
◇
館の内側では、エリスが治療を続けていた。
魔王軍の攻撃によって飛び散った窓の破片で傷ついた夢魔たちを、聖なる光で一人ずつ癒していく。
「大丈夫です。落ち着いてください」
幼い夢魔が、震える手でエリスの袖を掴んだ。
「外のお兄ちゃんたちは、勝てるの?」
エリスは一瞬だけ言葉に詰まった。
簡単に勝てるとは言えない。相手は千人規模の軍勢で、しかも夢魔を生け捕りにするために十分な準備をしてきている。
それでも、エリスは夢魔の少女の手を優しく握った。
「勝ちますよ!だって、勇者なんですから!」
エリスは立ち上がり、再び治療へ向かう。
戦場の外にいる者たちもまた、守られるだけではない。負傷者を運び、障壁の維持を手伝い、必要な物資を届ける。夢魔たちも、自分にできることを探して動き始めていた。
メルは避難区画を巡り、幼い夢魔たちを安心させながら、館に残る者たちへ指示を出していた。戦える者は負傷者の搬送や防衛設備の補助に回り、戦えない者は地下へ移動する。
誰もが、自分にできることを探していた。それでも、体力と魔力の消耗は確実に積み重なっていた。
◇
戦闘開始から、どれほどの時間が経っただろう。
敵の進軍は止まっている。だが、魔王軍の数はほとんど減っていなかった。
前列が倒れても後続が押し寄せ、魔導砲が止まっても別の砲台が攻撃を始める。飛行部隊も、フェリが引きつけている間に別のワイバーンが館へ接近してきた。
アベルたちは、それぞれの持ち場で戦い続けていた。
それでも、徐々に疲労が蓄積していく。
魔力の消耗。
負傷者の増加。
障壁の損傷。
何より、守るべき夢魔たちがすぐ背後にいるという重圧。
アベルは敵の攻撃を受け流しながら、戦況を見渡した。
(このままでは、いずれ押し切られる)
敵は夢魔を捕らえるために、こちらを疲弊させることを優先している。こちらがどれほど強くても、千人を相手に消耗戦を続ければ限界が来る。ならば、どこかで戦況を大きく変える必要がある。
アベルは一度、後方へ視線を向けた。
ルナが準備している魔法陣は、まだ完成していない。
「ルナ!」
アベルの呼びかけの意図をルナはすぐに理解し、杖を握り直した。
「……分かりました。皆の力を借ります」
魔王軍の軍勢は、なおも館へ向かって押し寄せていた。千の敵を前に、夢魔の館の防衛線は限界へ近づいている。
だが、その絶望的な戦場の中で。
ルナは、まだ誰も見たことのない魔法を完成させるため、静かに動き始めていた。




