346話 防衛戦線(前編)
夢魔の館を取り囲む魔王軍は、すでに戦闘態勢を整えていた。
森の入口を塞ぐ歩兵部隊。その後方には魔導砲を備えた部隊が並び、上空ではワイバーンに騎乗した魔族たちが旋回している。館へ続く道はすべて押さえられ、逃走経路を探すことさえ難しい状況だった。
対するアベルたちは、館の正門前に集まっていた。
正面から押し寄せる敵を迎え撃つだけなら、やりようはある。しかし、敵の目的は夢魔の殲滅ではなく捕獲だ。館へ侵入されれば、戦闘に慣れていない夢魔たちを狙って拘束していくだろう。敵を倒すことだけに集中できない以上、守る側にとっては厄介な戦いだった。
◇
少し時を遡る。
「まずは役割を決めよう」
アベルは仲間たちを見渡した。
「敵を全滅させることだけを考えるな。館へ侵入させず、夢魔たちを捕まえさせないことが最優先だ。まず、正面
は俺とリシア。」
「伏兵への対処は私と侍女たちが引き受けます」
アンジェリカが剣を構えた。また、アンジェリカには双子の侍女ソラムとソレムも付き添っている。
「任せて大丈夫か?」
「ええ。ただし、今回は数が多すぎます。前線を押し返せても、隙間から大勢で回り込まれたら対応しきれないかもしれません」
アベルは森の地形を思い浮かべながら続けた。
「フェリは館の屋根に登って、弓で攻撃しながら上空と森の外周を警戒してくれ。敵がどこから攻め込もうとしているか、早めに知らせてほしい」
「分かった! 森の中なら、風の流れで動きも分かると思う」
「クラリスも屋根の上からフェリの援護を頼む。あと、敵の指揮官や魔導砲の操作要員を優先して狙ってくれ」
「承知しましたわ。あの大砲を好きに撃たせるわけにはいきませんものね」
「ミリアは防衛用の魔導具を準備してくれ。敵の侵入を遅らせることを優先して。ただし、正面に1箇所だけ穴を開けるんだ。皆にはそこから侵入してくる敵を迎撃してもらう。今ある設備も最大限に使おう」
「はい。館の魔力供給設備も利用できれば、簡易障壁を複数展開できると思います。ただ、千人規模の攻撃を受け続けるには限界があります」
「持ちこたえる時間を稼げれば十分だ。それが出来たら可能な限りパワードスーツや魔導具で戦闘を支援してくれ」
「了解!」
アベルは頷き、続いて、エリスとセレスティアを見る。
「エリスは負傷者の治療と後方支援を。」
「はい。」
エリスが静かに頷いた。
「ティアは俺が前線に出た後の全体の戦闘指揮に加えて館全体を守る障壁の維持を頼む。」
「承知いたしました。」
最後に、アベルはメルへ向き直った。
「夢魔たちで館の中から戦闘や支援に参加できる者がいるなら、無理のない範囲で援護してもらえると助かる。」
「承知しました。子供たちや戦えない者は地下の避難区画へ移しますが、それ以外の者には出来る事をさせます。私たちも、ただ守られているだけでは終わりません」
メルの声には、族長としての覚悟があった。
最後にルナへ視線を向けた。
「ルナは例の魔法の準備を。今回の作戦の要だ。」
「了解。ただ、一発勝負だから出来るだけ引きつけてから発動した方がいい。」
「タイミングはティアに。最終的な判断はルナに任せる。」
セレスティアとルナが頷いて、アベルはその決意を確かめるように皆を見渡した。
「よし。全員、持ち場へ」
仲間たちは一斉に動き始めた。
夢魔たちもメルの指示に従い、幼い者や負傷者を館の奥へ誘導していく。戦闘に参加できる者は、物資の運搬や防衛設備の準備に回った。
敵の数は圧倒的だ。それでも、何もせずに捕らえられるつもりはなかった。その意思は、館にいる者たちの間で少しずつ共有されていった。
◇
魔王軍の指揮官が拡声の魔導具で警告する。
『無駄な抵抗をやめて出てこい。従わぬなら、館ごと制圧する!』
アベルは正門前から一歩前へ出た。
「断る」
短い返答だった。
「……何?」
「ここにいる夢魔たちは、誰かの所有物じゃない。誰にも渡さない」
指揮官の顔が歪んだ。
「ならば、夢魔以外を皆殺しにして、全員まとめて捕らえるまでだ!」
魔王軍の指揮官が再び拡声の魔導具を掲げた。
『夢魔とて、1柱2柱ぐらいは殺しても構わん。攻撃開始だ!』
右手が振り下ろされる。
魔王軍の前列が一斉に動き出した。
「来るぞ!」
アベルの声が響いた瞬間、戦いが始まった。
◇
最初に動いたのは、敵の魔導砲部隊だった。
数門の砲口に赤黒い魔力が集まり、次の瞬間、複数の光弾が館へ向けて放たれる。
「ティア!」
「はい!」
セレスティアが両手を広げた。
館の前方に巨大な魔力障壁が展開され、光弾が次々と衝突する。轟音とともに障壁の表面が波打ち、白い亀裂のような光が走った。
それでも、攻撃はすべて弾き返された。
しかし、セレスティアの表情は険しい。
「……想像以上の出力です。長くは保ちません」
「大丈夫だ。撃ち続けられなければいい」
アベルは地面を蹴った。
白銀の魔力が全身を包み、敵の前列へ向かって一気に加速する。
「止めろ! 勇者が来るぞ!」
魔族兵たちが槍を構えた。
アベルは真正面から突っ込むと見せかけ、直前で進路を変えた。先頭の兵士たちが反応しきれず、槍の穂先が空を切る。その隙間を抜け、短聖剣が閃いた。
武器を弾き、盾を崩し、鎧の継ぎ目を狙って敵の動きを封じる。致命傷は与えず戦闘不能にして、敵の進軍を遅らせることに注力する。アベルは次々と敵を無力化し、魔導砲へ続く道を切り開いていった。
だが、敵も無策ではなかった。
倒れた兵士を後方へ引きずりながら、別の兵士たちが横から槍を突き出す。さらに後列から拘束用の魔法が放たれ、アベルの足元へ黒い鎖が伸びてきた。
「足止めするつもりか……!」
アベルは跳び上がって鎖を避けた。
その頭上を、風を切る音が通り過ぎる。
「アベル、上!」
フェリの声だった。
ワイバーンの一匹が急降下し、鉤爪でアベルを掴もうとしていた。
アベルは空中で身体をひねり、短聖剣で爪を弾く。ワイバーンが姿勢を崩した瞬間、フェリの風魔法を纏った矢が横から突き刺さった。その巨体が地上の魔族兵達を巻き込んで墜落した。
「今だよ!」
「ああ!」
しかし、空にはまだ何匹もの影が飛び交っている。
フェリは風を操りながら、仲間たちへ叫んだ。
「上空の敵はできるだけ私が引きつける!」
「無理はするな!」
「分かってる!」
フェリは笑顔を浮かべたが、その額にはすでに汗が滲んでいた。
風の流れを読み、ワイバーンの進路を変え、地上へ急降下しようとする個体を押し返す。直接倒すよりも、敵の動きを乱してアベルたちが対処できる時間を作ることに集中していた。
◇
アベルがワイバーンとの空戦を繰り広げている間、地上では、リシアがアベルの着地地点の安全を確保していた。彼女は正面から突っ込んでくる魔族兵の攻撃を受け流し、剣の柄で相手の顎を打ち、続く一撃で武器を叩き落とす。敵の動きを止めることに徹し、必要以上に深追いはしない。
「アベル、右から来る!」
「分かった!」
二人は互いの動きを理解しているかのように、自然に死角を補い合っていた。アベルが前へ出ればリシアが側面を守り、リシアが敵の攻撃を受け止めれば、アベルがその隙に敵を無力化する。
かつてなら、アベルとこうして背中を預け合うことに憧れがあった。だが今は違う。アベルがどれほど危険な場所に立っているのか、彼が一人で何を背負ってきたのかを、彼女はもう知っている。自らを犠牲にしてでもアベルを護る。きっと、アベルはそんな事は許さないだろうが、その決意を胸に、リシアは剣を振るった。
リシアの持つ刀が敵兵の剣を受け止め、力任せに押し返すのではなく、相手の重心を崩して横へ流す。そこへ踏み込んだアベルが短聖剣を振るい、別の兵士の武器を叩き落とした。
その連携は、少しずつ前線を安定させていた。
しかし、敵は次々と補充される。
倒れた者の後ろから新たな兵士が現れ、二人の周囲を取り囲もうとする。リシアは息を整える暇もなく剣を振り続けた。
「きりがないな……!」
「だからといって、焦るな!」
アベルは迫る槍を受け流しながら答えた。
「一人ずつ確実に止める。突破させなければ、まだ負けてはいない!」
「分かった!」
リシアは力強く頷いた。




