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343話 メアの覚悟*

夢魔の館の前庭。


「今ですわ!」


 銃声。

 アベルが引いた事でインキュバスが前進し始めたところで、魔導弾がインキュバスの心臓を狙う。


 だが、黒い翼が一瞬で弾丸をガードした。


「速い……!」


 クラリスが目を細める。


 次の瞬間、双剣で強襲しようとして踏み込んだフェリをインキュバスが蹴り飛ばした。


「きゃっ!」


 フェリの身体が宙へ浮く。

 そこへ黒い魔力が迫る。


「フェリ!」


 クラリスが連続で射撃する。

 魔導弾が黒い魔力を撃ち抜き、軌道を逸らした。


 フェリが地面へ転がる。


「助かった……」

「お互い様ですわ」


 クラリスは銃口を上げ直した。


「ですが、今ので分かりました」

「何が?」

「私たちが近距離と遠距離を分けるだけでは、あの悪魔には対応できません。こちらの攻撃を見て、最も精気を奪いやすい相手を選んでいます」

「だったら、選ばせなければいい」


 フェリが再び飛び出した。


「風よ!」


 突風が巻き起こる。

 霧が一瞬だけ押し流される。


「今!」

「《アイス・ランス》」


挿絵(By みてみん)


 ルナが叫ぶと同時に氷槍が飛ぶ。

 インキュバスは横へ跳んだ。

 そこへミリアのパワードスーツから光弾が放たれる。

 さらにクラリスの魔導弾。

 逃げ道を塞ぐように攻撃が重なる。


「なるほど」


 インキュバスが笑った。


「連携ですか」


 翼を広げると、黒い魔力が爆発した。


「ならば――」


 衝撃波が全方位へ広がる。


「連携ごと壊せばいい!」


 フェリが吹き飛ばされた。


「きゃあっ!」


 ミリアもパワードスーツごと地面に押し倒される。

 ルナの魔法陣が砕ける。


「フェリ!」


 アベルが駆ける。

 だが、その前へ黒い影が立ちはだかった。


「あなたは、こちらでしょう?」


 インキュバスがアベルの腕を掴む。


「……っ!」


 力が吸われていく。魔力だけでなく勇者の力まで。

 白銀の光が、黒い魔力へ吸い込まれていく。


「アベル!」


 メアが叫ぶ。

 アベルの膝がわずかに沈んだ。


「勇者の精気は……実に美味しい」


 インキュバスが笑う。


「これなら、あなたを倒す必要すらない」


 さらに吸収しようとする。

 その瞬間、フェリが横から斬り込んだ。


「アベルから離れろ!」


 双剣がインキュバスの腕を弾く。

 アベルはすぐに距離を取った。


「助かった」

「礼は後!」


 フェリは息を荒くしながら答える。


「まだ戦える!」


 しかし、アベルは自分の右手を見た。

 震えている。勇者の力が、明らかに減っている。

 このまま接近戦を続ければ。

 いずれ全員が力を吸われる。


 そして、最も危険なのはサキュバス達だった。


挿絵(By みてみん)


「エリス、結界を維持したまま屋敷の中へ。ミリアはサキュバス達を館の奥に避難させてくれ!」


 アベルが叫ぶ。


「分かりました!」


 ミリアが倒れたサキュバス達をパワードスーツの腕で担いで連れていく。メルもフラフラになっているサキュバスたちを屋敷へ誘導した。


「メア!」


 フェリが叫んだ。

 メアが一人、車椅子に乗って館の入口に残っていた。


 それでも。


 自分を守るために他の夢魔が傷ついているのを見て、動かずにはいられなかった。


「メア、下がれ!」


 アベルが叫ぶ。


「でも……!」

「今のお前じゃ無理だ!」

「分かっています!」


 メアは震える声で答えた。


「それでも……私も!」


 黒い霧がメアへ向かう。


「メア!」


 アベルが走る。

 しかし距離がある。

 間に合わない。


◇


 その瞬間、メアの身体から、淡い紫色の魔力が広がった。インキュバスの霧が、ほんの一瞬だけ止まる。


「……何?」


 インキュバスが目を見開く。

 メアは震えながらも、魔力を放っていた。

 戦うためではない。

 自分の精気を外へ流さず。

 館の中へ戻している。


「アベルから貰った私の精気(コレ)は……」


 メアが苦しそうに息を吐く。


「あなたには……渡さない」


挿絵(By みてみん)


 インキュバスの表情が変わった。


「小娘……!」


 黒い魔力が一気にメアへ集中する。

 メアの身体が揺れる。


「うっ……!」

「メア!」


 アベルが駆け出す。


◇


「待って!」


 ルナが叫んだ。


「アベル、止まって!」

「何?」

「今、分かった!」


 ルナの目が鋭くなる。


「メアが精気の流れを逆にしている!」

「この館の夢魔たち全員から奪われていた精気が、一時的に止まってる!」


 ミリアも魔道具を確認する。


「本当だ!」

「なら!」


 クラリスが銃を構える。


「今が最大の好機ですわ!」


 エリスが治癒魔法を展開する。


「メアさん、無理をしないでください!」

「……分かっています!」


 フェリが風を起こす。


「霧を吹き飛ばす!」


 ルナが魔力を集中する。


「みんな!」とアベルが叫ぶ。

「準備できています!」とミリアがキャノン砲の照準を合わせる。

「いつでもいいわよ!」とクラリスが弾を装填しなおして魔導銃を構えた。

「任せておいて!」とフェリが低い姿勢からいつでも飛び出せる体制をとった。

さらに、双子の侍女ソラムとソレムが暗器を構えている。


 そして、アベルの踏み出しに合わせて全員が一斉に動いた。


◇


 フェリの双剣が巻き起こした風が黒い霧を押し流す。

 ミリアの操るパワードスーツからの一斉連続射撃がインキュバスの視界を遮り、動きを抑制する。

 クラリスの魔導弾、勇者の力を注いで貰った特別な弾がインキュバスの翼を撃ち抜く。

 さらに死角から放たれたソラムとソレムの暗器がインキュバスの両足に突き刺さった。


 全員の協力により動きを封じられたインキュバスにアベルが迫る。


「ここから先は!」


 アベルの剣が閃く。


「仲間には!」


 インキュバスの防御を切り裂く。


「触らせない!」


 短聖剣の刃に宿る白銀の光が、今まで以上に鋭く収束していく。力を無駄に広げないのは吸収されないようにするためだ。


 ただ一撃へ。


「これで――」


 踏み込む。


「終わりだ!」

「や、やめろ!」


 インキュバスの胸元へ白銀の斬撃が走った。


「ぐああああっ!」


 黒い魔力が爆発し、インキュバスの身体が吹き飛んで森の地面へ叩きつけられる。己の強力な特性に依存していただけのインキュバスは、そこで息絶えた。


 黒い霧が一気に薄くなる。


◇


 静寂が戻った。


 誰もすぐには動けなかった。エリスが息を切らしながら周囲を見る。


「……終わった?」


 ルナが魔力を確認する。


「霧が消えていく」


 ミリアも頷く。


「精気の流出も停止してる」


 クラリスは魔導銃を下ろした。


「どうやら、勝ったようですわね」


 フェリがその場に座り込む。


「つ、疲れた……」


 未だ上気して呆けているアンジェリカとリシアには、ソラムとソレムが服をかけて介抱する。

 セレスティアも結界の強化魔法を維持したままではあるものの、意識は完全に上の空でアベルの姿を目で追っては、色っぽい吐息を吐いている。


 館のサキュバスたちは精気を吸われはしたものの無事だった。しかし、メアは館の入口で、車椅子の上で項垂れていた。


「メア!」


 アベルが駆け寄る。


「大丈夫か?」

「……はい」


 メアは笑おうとした。


「皆さんを……守れましたか?」

「ああ」


 アベルは即答した。


「ありがとう助かったよ。メアのおかげだ。」


 その言葉を聞いた瞬間。

 メアの身体から力が抜けた。


「……良かった」


 アベルが倒れ込む身体を受け止める。

 エリスがすぐに駆け寄った。


「今は気を失っただけのようですが、かなり無理をさせてしまいました。」


 ミリアが魔導具でメアの精気量を確認する。


「また精気の体内量が、ここに来た時と同じレベルにまで下がってしまっています。」


 メルが心配そうにメアを覗き込む。


「精気の補充と安静が必要ということですね。」


 アベルはメアを抱き上げた。


「なら、俺が部屋に連れて行こう。」


 その腕の中でメアは小さく息をしていた。


◇


 少し離れた場所。


 倒れたインキュバスの身体から、黒いペンダントが転がり落ちた。そのペンダントがインキュバスの作戦が失敗したことを魔王軍に伝達する。


 夢魔の館の危機は、まだ終わっていなかった。

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