338話 精気の供給方法
メルから夢魔族の精気について説明を受けた後、一同は館の応接室へ移っていた。
暖炉の火が静かに揺れる室内で、アベルは眠り続けるメアのことを考えていた。
「つまり、精気をメアに与えれば、回復できるんだな?」
「ええ。ただ、ここに訪れるお客さんの精気をおこぼれで流し込むだけでは効率が悪いのです」
メルは落ち着いた口調で説明する。
「夢魔族が取り込む精気は、相手の感情状態によって質が変わります。安心している時、幸福を感じている時、誰かに好意を抱いている時ほど、精気は濃く、良質なものになるのです。だからこそ、私たちは人間との共存を望んできました。互いに幸福を得ながら精気を分けてもらう方が、夢魔族にとっても人間にとっても長く続けられる関係だからです」
アベルは少し考えた。
「じゃあ、俺がメアの近くにいて、安心させたり普通に話したりするだけでも意味はある?」
「もちろんです。ただ、今はメアに意識がないので…この状態のときに効率が良いのは……恋人同士の親密な交流です。」
「親密な交流……。」
恋人同士というのを敢えてスルーしてアベルが聞き返すと、メルは淡々と続けた。
「寄り添い、肌を重ねて、互いに好意を伝える。愛し合う2人がそうした時間を共有している場の近くでは、精気の密度は濃くなり質も高くなります」
その瞬間、セレスティアが意気込んでアベルに擦り寄った。
「それなら私が!」
「「「セレスティア様!?」」」
鼻息を荒くするセレスティアをアベルは慌てて制した。
「ティア、待ってくれ。他に方法はないのか?」
しかし、困惑するアベルを見てもメルは首を横に振り、楽しそうに見ているだけだ。そこに、双子侍女に背中を押されたアンジェリカが口を挟む。
「でしたら、私にも協力させてください。」
「アンジェまで!?」
「「いいえ、姫様、"私たち"です。」」
ソラムとソレムまで乗ってきた。唖然とするアンジェリカ。さらに、そこへリシアが割って入った。
「私も協力する。いや、協力させて欲しい!」
「フェリも!」
フェリが手を挙げる。
クラリスも扇で口元を隠しながら微笑んだ。
「精気の質を考えるなら、信頼関係のある相手の方が適しているはず。ここは私の出番ですよね。」
ルナが続く。
「治療として考えるなら、継続的かつ安定した方法を選ぶべき。」
「私も、メアさんが元気になるなら協力します」
ミリアが頷き、エリスも静かに続けた。
「私もです。メアさんを助けるために、できることはしたいです」
アベル以外の全員の意思が揃う。
アベルはしばらく黙っていた。
メアを助けられる。それなら、協力すること自体に異論はない。問題は、その方法だった。
「でも……俺がみんなと今まで以上に親密に過ごす必要があるってことだろ?」
「その通りです。でも、皆さん、その気みたいですよ?」
メルの返答はあまりにも平然としていた。
アベルは片手で顔を覆う。
「戦場で魔王軍と戦う方が、まだ気が楽だな……」
剣を振るうことなら迷わない。
魔法を使うことも。
敵の動きを読むことも。
だが、人と親密になる方法となると…。
「寄り添うとか……肌を重ねるとか……。」
自分の手を見下ろす。
「好意を伝え合うとか……それを、みんなと?」
そこでアベルは言葉を止めた。
全員が期待する目で自分を見ている。
誰も拒否する様子はない。
「……俺、そういうことに慣れてないんだけど」
エリスが少し頬を赤くしながら答えた。
「私たちも同じです。でも、メアさんを救うためなら頑張ります」
「私も、問題ない。これは必要なこと。」
ルナはいつもの調子で答えた。
「ルナは割り切りすぎじゃないか?」
思わずアベルが突っ込むと、ルナは少しだけ考えた。
「……そういうものですか?」
「いや、俺にも分からない」
ミリアが小さく笑う。
「でも、メアさんを助けるためです。私も協力したいです」
クラリスも頷いた。
「もちろんですわ。ただ、アベル様が本当に嫌なら無理に進める必要はありません」
その言葉に、アベルは少しだけ表情を緩めた。
「それは助かる」
「ですが」
クラリスは微笑む。
「アベル様が覚悟を決められたのでしたら、私も遠慮はいたしませんわ」
「……」
逃げ道が一つ消えた気がした。
フェリが楽しそうに笑う。
「アベル、頑張ろうね」
「何を頑張るんだ……」
アベルが困ったように呟く。
最後にセレスティアが静かに口を開いた。
「アベル様。メアさんを助けたいという気持ちに嘘はありません。それに、アベル様が困っている時に、何もできないままでいるのはもう嫌です」
その言葉には、過去への後悔が滲んでいた。
かつて自分が傷ついていた時、彼女たちは何もできなかった。
だから今度は、自分が困っているなら隣に立つ。
それがセレスティアの意思なのだと、アベルにも伝わった。
「……分かった」
アベルはしばらく考えた末、静かに頷いた。
「俺も協力する。メアを助けられるなら、できることはやる」
七人の表情がわずかに明るくなる。
だが、アベルはまだ納得しきれていない様子だった。
「ただ……本当に、こういうことをしないといけないんだよな?」
「では、具体的に何をするかは私から指示致しましょう。」
メルは苦笑した。
「……わかった。」
アベルは深く息を吐く。
「なら、やるしかないな」
アベルは嫌な予感を覚えつつも、ようやく覚悟を決めた。だが、アベルの声には、戦場では一度も見せたことのないほどの戸惑いが滲んでいた。
こうして、メアを救うための、勇者にとって最も厳しい試練が始まろうとしていた。




