閑話71話 双子侍女の野望*
朝、アンジェリカは飛空艇の中の自室の寝台の上で、ゆっくりと目を覚ました。
「…………」
天井を見つめたまま、しばらく動けなかった。
夢の内容が、あまりにも生々しく残っている。
ジュリエッタとマリアンヌ。
自分を庇って死んだ姉と、その姉の代わりに他国に嫁いだ姉。そして、それが自分のせいだと責められ続けた記憶。目を閉じれば、今にもその光景が蘇ってきそうだった。
「……夢、だったのよね」
「はい」
すぐ横から声がした。アンジェリカが顔を向けると、そこにはソラムとソレムが並んで立っていた。
二人もまた、別の悪夢を見ていた。
第二皇子派に捕らえられ、自分たちの意思を奪われ、皇帝と第一皇子を手にかけ、アンジェリカを暗殺の黒幕に仕立て上げるという、あまりにも恐ろしい夢。だからこそ、目覚めたときに最初に確認したのは、アンジェリカとお互いの無事だった。
「殿下」
ソレムが心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……」
アンジェリカは小さく頷く。
「少し、嫌な夢を見ただけよ」
「私たちもです」
ソラムが答える。
「……そう」
アンジェリカは二人を見る。
「二人も……?」
「はい。殿下を傷つける夢でした」
ソレムが答えると、アンジェリカの表情が曇った。
「……そう」
しばらく沈黙が続く。やがてアンジェリカは、胸元へ手を当てた。
「でも……」
「はい?」
「夢の中で、私は気づいたの」
ソラムとソレムが顔を見合わせる。
「何にでしょう?」
「……アベル様のこと」
「…………」
「…………」
双子の目が同時に細くなった。
「アベル様、ですか?」
「ええ」
アンジェリカは少し頬を赤くする。
「たとえ夢の中でも、ジュリエッタお姉さまに会えてお話し出来たのは嬉しかったわ。でも、夢の中で、私が一番会いたいろ思ったのが……アベル様だったの。」
ソラムが無言でソレムを見る。
ソレムも無言でソラムを見る。
そして二人とも、同時に頷いた。
「なるほど」
「なるほどですね」
「何が『なるほど』なの?」
アンジェリカが怪訝そうに尋ねる。
「いえ」
ソラムが真面目な顔で答えた。
「殿下が勇者アベル様を特別に想っていることは、以前から薄々感じておりましたので」
「え?」
「私もです」
ソレムも頷く。
「むしろ、今まで殿下が自覚されていなかったことの方が不思議なくらいです」
「…………」
アンジェリカの顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなに分かりやすかった?」
「「はい」」
二人が即答した。
「…………」
アンジェリカは枕を抱き締めた。
「……恥ずかしい」
「ご安心ください」
ソラムが胸を張る。
「私たちは殿下の味方です」
「全力で応援いたします」
ソレムも続けた。
「応援……?」
「はい。アベル様との恋を……」
「ちょっと待って!」
アンジェリカが飛び起きた。
「まだ私、アベル様のことを好きだなんて言ってないわよ!」
「ですが、好きなのでしょう?」
「…………」
「夢の中で1番に会いたいと思ったのでしょう?」
「…………そうだけど」
「では、問題ありません」
「何が!?」
双子は完全に納得していた。
「殿下がご自分の気持ちを認められたのであれば、あとは行動あるのみです」
「行動って……」
「まずは、アベル様のお側にいる時間を増やすことです。」
「はい?」
「二人きりになる機会を作りましょう。」
「はい!?」
「そして、さりげなく好意を伝えましょう。」
「は……はい…」
「そして最終的には――」
「ちょ、ちょっと待って!」
アンジェリカが手を突き出す。
「最後まで言わなくていいから!」
ソレムは残念そうに口を閉じた。
しかし、双子の作戦会議は始まっていた。
「まず、殿下はアベル様ともっともっと親しくなるべきです」
「アベル様は勇者ですが、皇女殿下の身分を気にされて遠慮されているきらいがあります。ですから、私たちが間に入って距離を縮めましょう」
「そうね。わかったわ。」
アンジェリカは2人の暴走が行き過ぎないようなので、少しだけ安心した。
「……二人が協力してくれるなら心強いわ」
「もちろんです」
「命に代えてもお支えします」
「そこまでしなくていいから!」
アンジェリカは頭を抱えた。しかし、ソラムとソレムは顔を見合わせた。そして、今度は先ほどまでとは少し違う、真剣な表情になる。
「……でも」
ソラムが口を開いた。
「姫様」
「何?」
「一つだけ、現実的な問題があります」
「現実的な問題?」
ソラムは腕を組んだ。
「姫様は皇族の中で唯一の未婚女性であり、非常に重要な立場におられます」
「そのため、アベル様と親しくなったとしても、普通の女性と同じように恋愛できるとは限りません」
アンジェリカは黙った。
ソレムが続ける。
「殿下がアベル様を好きになったとしても、皇女という立場がある以上、結婚ともなれば帝国全体の問題になります」
「…………」
「周囲の貴族も、皇族も、当然ながら簡単には納得しないでしょう」
「それは……そうね」
アンジェリカも自分の立場はよく分かっている。皇女という身分そのものが、相手との関係に重くのしかかる。
「ですが…」
ソラムはそこで、少しだけ声を明るくした。
「アベル様の周囲には、すでに多くの女性がいらっしゃいます」
「…………」
アンジェリカの眉がぴくりと動く。
「クラリス様、ミリア様、リシア様、フェリ様、エリス様、ルナ様。そしてセレスティア様」
「…………」
「皆様、アベル様との距離が近い方々で、セレスティア様はアルセリア王国の王女、エリス様は聖女、他の皆様も全員、貴族令嬢だと伺っております。」
「でも、今は戦争奴隷なのでしょう?」
「それは関係ありません。重要なのは、それぞれの皆様がお持ちのコネクションですから。」
「……分かっているわ」
アンジェリカは少し頬を膨らませた。
「それに、アベル様が皆を大切にしていることも知っている」
「ならば、なおさらです」
ソレムが真顔になる。
「姫様とアベル様が結ばれた場合、皆さんとその背後にいらっしゃる王侯貴族を味方につけることが可能かもしれません。」
「……え?」
「アベル様は、そういうことを意識されないとは思いますが、姫様にとっては政治的にも良縁だと言えます。」
「…………でも、アベルに沢山、奥さんがいたら……あまり構ってもらえなくなるんじゃ……。」
アンジェリカは複雑な顔になった。
しかし、ソレムの言葉は続く。
「だからこそ」
「だからこそ?」
「姫様がアベル様の人生に入るのであれば、アベル様の周囲にいる方々とも向き合う必要があります」
「……なるほど」
そこまでは、アンジェリカにも理解できた。
「そして、その場合」
ソラムが真剣な顔で言った。
「姫様お一人にはしません。私たちがお支えします。」
「……え?」
「私たちがお支えします。」
「…………それは、どういう事?」
「私たちもアベル様の側に立てる立場を確保しておこうと思うのです。」
「…………!?」
アンジェリカは、嫌な予感がした。
「……よくわからないわ。どういう立場かわかるように説明して。」
双子は、ほぼ同時に答えた。
「「つまり妾です」」
「どうしてそうなるの!?」
アンジェリカの叫びが部屋に響いた。
「だって殿下」
ソラムは極めて真剣だった。
「殿下の恋を応援するだけなら、私たちはただの侍女です」
「それはそう!」
「ですが、もし私たちがアベル様の妾になれば、一つの勢力、すなわち派閥となれるのです。」
「侍女でいいでしょう!」
「しかし侍女では、アベル様との関係に口を挟む権利がありません」
「そもそも口を挟む必要がないでしょう!」
「あります」
ソレムが断言した。
「殿下は恋愛に関して、少々不器用です」
「…………」
「否定できませんね」
ソラムまで頷く。
「あなたたち……」
「殿下が遠慮されている間に、他の女性にどんどん先を越される可能性があります」
「それは……」
アンジェリカの顔が曇る。
「ご理解いただけましたね?」
ソラムが力強く頷く。
「そこで私たちです」
ソレムが胸を張った。
「私たちが派閥を組み、勢力を増大すればアベル様も姫様を無視できなくなります。」
「…………」
「そして、私たちがアベル様の妾になれば……」
「待って」
「姫様とアベル様の間に入ってしまうような女性が現れたとき、私たちが――」
「待ってって言ってるでしょう!」
アンジェリカが枕を投げた。
「痛っ!」
ソラムが受け止める。
「姫様、枕を投げるのは、淑女としてどうかと。」
「あなたたちが変なことを言うからでしょう!」
ソレムは姉に小声で尋ねた。
「姉さん」
「何?」
「殿下、少し嬉しそうじゃない?」
「…………」
「ソレム」
「はい」
「それは言わない方がいいわ」
「分かった」
二人は神妙に頷いた。しかし、その直後。
「でも、妾になれば姫様の恋を全力で応援できるのは事実です」
「……」
「私たちなら、姫様の味方でありながらアベル様の側にもいられます」
「……」
「それに――」
ソレムが少し考える。
「もしも、アベル様が私たちを好きになってしまった場合にも、問題がありません」
「…………一応、聞いておくけど、どうして?」
「「だって私たちもアベル様のことが好きだからです。」」
アンジェリカが固まる。
「あなたたち、一体いつのまに…。それ、もう妾になる理由じゃなくて、あなたたち自身の恋の話になってない?」
「……少しだけ」
ソレムが認めた。
「少しじゃないでしょう!」
アンジェリカは頭を抱える。
だが、ソラムは真剣だった。
「姫様」
「何よ……」
「私たちは昨夜、恐ろしい夢を見ました」
「……ええ」
「自分たちの意思を奪われ、殿下を傷つける夢です」
「…………」
「だからこそ、もう二度と姫様を一人にしたくありません」
その言葉だけは、冗談ではなかった。
「姫様が幸せになるなら、その隣に誰がいようと構いません」
ソレムも静かに続ける。
「ですが、私たちはその幸せを守れる場所にいたいのです」
アンジェリカは二人を見つめた。
そして、小さく笑った。
「……本当に、あなたたちらしいわね」
「では――」
「でも」
アンジェリカが人差し指を立てる。
「妾になるのは、アベル本人が了承した場合だけよ」
「「もちろんです」」
「それと」
アンジェリカはじっと二人を見る。
「勝手に私の恋を理由に、自分たちの恋まで決めないでね」
「…………」
「…………」
「分かった?」
「善処します」
「努力します」
「絶対に分かってない!」
朝の皇女の部屋に、再びアンジェリカの声が響き渡った。昨夜まで三人を苦しめていた悪夢は、まだ心の奥に残っている。
それでも、こうして三人で馬鹿なことを言い合える朝が戻ってきたことだけは、確かな幸せだった。




