↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
403/441

332話 夢からの帰還*

 淡い光が、ゆっくりと広間を満たしていく。


 メアはアベルとセレスティアの手を取り、その精神へ慎重に意識を伸ばしていた。アベルの意識もまた、光の中へ引き込まれていった。


 これまでの《ナイトメア・ウェーブ》とは違う。

 悪夢を作るのでも、心を壊すのでもない。

 ただ、深く沈み込んでしまったセレスティアの意識へ、もう一度現実へ戻るための道を作る。


⸻


 目を開ける。そこにあったのは、穏やかな朝のひと時だった。


 中庭には柔らかな陽射しが降り注ぎ、遠くから侍女たちの声が聞こえている。テラスのような場所から城下を見下ろせば、整った街並みと、そこで暮らすアルセリアの人々の活気ある姿がみえた。


 セレスティアが、少し離れた場所に立っていた。


「……ここは?」


 アベルが尋ねるが、セレスティアは答えない。

 ただ、周囲を見つめている。


挿絵(By みてみん)


 アベルは、そこがアルセリア城の今は消滅したセレスティアの私室のテラスだと察した。


 そして、そこには彼女がもう失った日常があった。


 王女として執務をこなし、

 時には民の意見を聞き、

 勉強や魔術の練習をして、

 1日の終わりには家族全員で食事をする。

 何も失わなかった世界。


「……これは……夢なんですね」


 セレスティアが呟く。


「そうだ」


 アベルは否定しなかった。

 セレスティアはしばらく黙っていた。

 やがて……


「私は帰りたくありません」


 小さな声だった。


「ここにいれば、誰も傷つきませんし……アベル様も無事でいられます。」


 アベルは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「そうだな。ここなら、何も起きないだろう。」


 セレスティアがアベルを見る。


「では……一緒にここにいてくださいませんか?」


 その言葉に、アベルはすぐには答えなかった。

 ここで「いい」と言えば簡単だった。

 セレスティアは救われる。

 この世界なら、彼女は笑える。

 自分自身も、彼女の隣にいられる。


 だが…


「ティア」


 アベルは静かに呼んだ。


「今も現実で苦しんでいる人達がいる。俺や君の助けを必要としている人達がいるんだ。」

「……。」

「だから、俺はここには居られない。」


 セレスティアは答えられない。


「ティア、君はどうする?ここに残るか、それとも俺と一緒に帰るか?」


 セレスティアの瞳が揺れる。


「……怖いです」

「何が?」

「現実に戻ることが……また、間違えるかもしれない。また、アベル様を傷つけるかもしれない…。」


 アベルは静かに首を横に振った。


「俺だって、いつも間違えてる……。けど、大丈夫だ。ティアの間違いについては俺が全部責任を取る。だって、俺はティアの主人だから。」


 セレスティアの目から、一筋の涙が落ちる。そして首を振った。


「それでは、なおさら間違えられないじゃないですか……。」

「そんな事はないさ。たとえ間違えても……俺が取り戻してみせる。いつか、こうして穏やかに過ごせる日を君にも……。」


 セレスティアはじっとアベルを見つめて心を決めた。


「……一緒に帰ってくださいますか?」

「ああ」


 アベルは手を差し出す。


「一緒に帰ろう」


 セレスティアが、その手を握った。


挿絵(By みてみん)


 その瞬間、王城の風景に、細い亀裂が走った。

 夢が崩れていく。セレスティア自身が、現実へ戻ることを選んだ結果として。


⸻


 白い光が広がる。


 現実。


 セレスティアの瞳が、ゆっくりと開いた。


「……アベル様?」

「ティア、俺はここにいるよ。」


 アベルはすぐに答えた。


 セレスティアは周囲を見渡す。


 聖女たち。

 ヒロインたち。

 教皇庁の人々。

 そして、メア。


 皆、意識を失ったり、茫然自失としているが、無事にそこにいる。


挿絵(By みてみん)


「……私、戻ってきたんですね」

「そうだよ。おかえり、ティア。」


 セレスティアは小さく息を吐いた。そして、アベルに抱きついて号泣し始めた。


「アベル様……アベルさまぁ……。」

「もう大丈夫だから。」


 その声を聞いて、アベルはようやく肩の力を抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。