034話 久しぶりの学院*
数日ぶりに学院の正門をくぐる。
朝の校舎は、いつもと変わらず多くの生徒で賑わっていた。迷宮の冷たい空気に慣れた身体には、その喧騒さえどこか懐かしく感じられる。
アベルは肩に荷物を担いだまま、事務棟へ向かった。まずは学院から命じられていた高難度迷宮探索の報告である。受付の職員は提出された記録を流し読みすると、小さく頷いた。
「ご苦労だった。」
「次回の探索課題は後日通知する。」
「了解しました。」
それだけだった。
危険な探索から無事に帰還したことへの労いも、体調を気遣う言葉もない。アベルは気にした様子もなく一礼すると、その場を後にした。
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昼休みに中庭へ出ると、そこには多くの生徒が集まっていた。学院でもっとも注目を集める特別クラスの一団だった。
中心にはレオニス。
その周囲にはセレスティア、リシア、エリス、ルナ、フェリ、ミリア、クラリスの七人が自然と集まっている。
楽しげな笑い声が聞こえてくる。アベルは視線を向けることなく、その脇を通り過ぎようとした。
「……あれ。」
最初に気づいたのはフェリだった。
「あいつ。」
その一言で、全員の視線がアベルへ向く。
レオニスもゆっくりと目線を向けた。
「お久しぶりです。アベルさん」
穏やかな笑みを浮かべるエリス。
だが、その目は笑っていなかった。
アベルは足を止める。
「お久しぶりです、エリスさん」
声をかけられて嬉しい気持ちがある反面、穏やかな印象が強い彼女からは想像もできないような不穏な雰囲気に緊張が走る。他のヒロイン達への挨拶も出来ないほどに。
「どうして治療院に薬草を、命の雫草を持っていらっしゃらなくなったのですか?」
学院の課題で高難度迷宮を探索していたからずっと不在にしていた、と言いかけたが前に「無茶しすぎ」だと嗜められたことを思い出して言葉を飲み込んだ。
「しばらく見なかったからな。学院を辞めたのかと思った。」
冷たい視線を浴びせながらリシアが言った。
「課題のために迷宮に潜っていたんです」
端的にそれだけ言った。
「そうですか。ですが、長期に不在になるなら事前に連絡して命の雫草を一定量収めて欲しかったのです」
「仕方なく、私の研究用を治療院に回して対処しました」
エリスが怒っている。ミリアも不機嫌になっていた。反射的に「すみません」と言いかけたが、元々善意で渡していた薬草、しかも前に「もう要らない」と言っていた。どういうことかと混乱するアベルが疑問を投げかける前にクラリスが一歩前に出た。
「このままでは皆が困るので、採取場所を教えてください」
クラリスの要求はアベルからみても明らかに非常識なものだった。しかし、彼女達の尋常じゃない圧力に、アベルは自分が彼女達に何か怒らせる様な事をしたのではないか、自分に何らかの非があったのではないかと心配になってくる。
特に商売における情報の重要さを人一倍知っているクラリスから、今の様な要求が出ることは明らかに普通じゃない。一方でアベル自身、金銭目的で薬草を提供していたわけでもないので、"皆のため"であれば開示自体は受け入れるしかないと割り切った。
「わかりました。後でメモして届けます」
彼女達の苛立ちが理不尽であることを知る由もないアベルには、それしか場を収集する方法が思いつかなかった。
その様子を他のヒロインたちも見ている。しかし、アベルに向けるその視線は以前とは明らかに違っていた。
どこか冷たい。
どこか距離がある。
フェリは腕を組み、小さく鼻を鳴らした。
「相変わらず迷宮ばっかりなんだ。危ないことするの好きなんだね。」
「課題だから…」
「ふーん。」
興味を失ったように視線を逸らす。
ルナも一瞬だけアベルを見る。以前なら何か話しかけていたかもしれない。しかし、今は興味がなさそうに手持ちの魔導書をパラパラとめくっている。
「……」
何か胸の奥に引っかかるものを感じながらも、その正体は分からない。
「じゃあ、私たち行こっか。」
「午後の講義、始まっちゃうし。」
最後にセレスティアは静かにアベルへ視線を向ける。一瞬だけ、何かを思い出しかけたように眉が揺れる。だが次の瞬間には、その迷いは霧のように消えていた。
「参りましょう、皆さん。」
「ではな、アベルとやら」
一言だけ発してレオニスが歩き出す。七人は何の疑問もなく、その後に続いた。楽しげに会話を交わしながら、校舎へ消えていく。
その輪の中で、アベルの名前が話題に上ることはなかった。アベルはその後ろ姿を一瞥すると、静かに踵を返す。自分には自分のやるべきことがある。学院での居場所を求めるつもりは、もうなかった。
一方、歩きながらレオニスは小さく安堵していた。
(やはり問題ない。みんな、もうアベルには興味を示さない。薬草の件も、アベルが全て悪いと皆に吹き込んでおいた甲斐があった)
その確信とともに、彼は満足げな笑みを浮かべる。
彼女達の胸の奥には小さな違和感が残っていたが、いつのまにかそれすら消え去ってしまっていた。




