閑話06話 剣の記憶
学院・第一訓練場。
放課後の陽射しが、木剣を握る生徒たちを照らしていた。
乾いた打ち合いの音が響く中、リシアは一人、基本の素振りを繰り返している。
百回。
二百回。
汗が額を伝っても、その剣筋は乱れない。
「相変わらず真面目ね。」
後ろから声を掛けられ、リシアは振り返った。
「あ、フェリ。」
フェリは木陰へ腰掛けながら笑う。
「少しくらい休憩したら?」
「あと少し。」
リシアは剣を収め、フェリの隣へ腰を下ろした。
エリスが淹れてくれた薬草茶を受け取り、一息つく。
⸻
「最近、本当に強くなったわね。」
フェリが感心したように言う。
「前はもっと力任せだったのに。」
「そうかな。」
リシアは照れくさそうに笑う。
「うん。」
「今はちゃんと相手を見て剣を振ってる。誰かに教わった?」
その問いに、リシアは少し考えた。
「……そうだね。最初は何も分からなかったから。」
頭の奥で、誰かが木剣を握る姿がぼんやりと浮かぶ。
穏やかな声。
優しく構えを直してくれる手。
その輪郭は曖昧だった。
次の瞬間。
その姿は、ごく自然に別の人物へと置き換わる。
「レオニス殿下。」
リシアは微笑んだ。
「殿下に教えていただいたからかな。」
フェリも納得したように頷く。
「やっぱり。」
「殿下って、本当に何でもできるのね。」
「うん。」
「剣も魔法も迷宮も詳しくて。」
「すごい人だと思う。」
⸻
リシアは遠くを見る。
胸の奥に、わずかな違和感が残っていた。
(……あれ?)
この場所で鍛錬を初めたばかりの日。
誰かが言ってくれた。
『肩の力を抜いて。』
『剣は振り下ろすんじゃない。相手へ届けるんだ。』
その声は…
レオニス殿下だっただろうか。
何かが引っかかる。
思い出せそうで、思い出せない。
「リシア?」
フェリが首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ……ううん。」
リシアは首を振った。
「何でもない。」
その違和感は、すぐに霧が晴れるように消えていった。
「そういえば。」
フェリが笑う。
「この前、殿下が私の剣筋も褒めてくださったの。」
「『以前より柔らかくなった』って。」
「本当?」
「ええ。」
「嬉しかった。」
フェリの表情は幸せそうだった。
リシアも自然と笑みを浮かべる。
「殿下は、一人一人をちゃんと見てくださっているものね。」
「だから、もっと期待に応えたい。」
「うん。」
「私も。」
⸻
少し離れた場所で、他の生徒たちが話している。
「そういえばアベル、また高難度迷宮へ行ってるらしいぞ。」
「よくやるよな。」
その話が耳に入る。フェリはちらりと視線を向けた。
「……相変わらず無茶ばかりね。」
「殿下みたいに、仲間と協力すればいいのに。」
リシアも小さく頷く。
「危険なことばかりしていたら、周りが心配するもの。」
その言葉を口にしながらも、リシアの胸の奥で、ほんの一瞬だけ何かが疼いた。
黒い外套。
木剣。
穏やかな笑顔。
だが、その面影は霞のように消えていく。
代わりに思い浮かぶのは、レオニス殿下の姿だけだった。
「さ、続きをやろう。一本どう?」
「いいわね。やりましょ」
二人は再び立ち上がる。
訓練場に木剣の音が響く。
リシアは、自分の剣が誰から教わったものなのか、もう疑うことすらなかった。




