閑話05話 途絶えた薬草
治療院の調合室には、乾燥させた薬草の香りが漂っていた。棚に並ぶ薬瓶を確認していたエリスは、小さくため息をつく。
「……とうとう、なくなってしまいましたね。」
隣で受注用の伝票をまとめていたクラリスも視線を向ける。
空になった保管箱。そこには以前まで、希少薬草――命の雫草が保管されていた。
「最後の一株も使い切ってしまいました。これで、高度回復薬の調合は不可能になります。ちなみに、市場には……。」
「ほとんど流通していません。」
エリスの問いに、クラリスは首を横へ振る。
「採取できる場所自体が限られていますから。」
「以前は困ったことなどありませんでしたのに……。」
その言葉に、二人の間へ短い沈黙が落ちる。
以前なら。
必要になれば、アベルが採ってきてくれた。
希少種だろうと、採取困難な薬草だろうと。
何も言わず机の上へ置いて帰っていく。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
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エリスがぽつりと呟く。
「私たち……あの日、薬草はもう不要だとお伝えしましたものね。」
クラリスも小さく頷く。
「ええ。ですから、普通の薬草を納品されなくなったこと自体は別に構いません」
少し考え込む。
「ですが……命の雫草まで持って来なくなるとは思っていませんでした。」
その言葉には、ほんの僅かな戸惑いが滲む。
あれは特別で他の薬草では代わりが利かない。
必要になれば、これまで通り届けてくれる。
どこかで、そう思い込んでいた。
「私たちも、少し言い方がきつかったでしょうか。」
エリスが苦笑する。しかし、その表情はすぐに曇りが晴れていく。
「……いえ。それでも、何も言わず急に全く来なくなるのは困ります。学院でも全然見かけませんし。いなくなるならそうと事前に説明してくだされば良かったのに。」
クラリスも自然に頷いた。
「あちら…ではなく、こちらにも事情があります。その点は改善すべ…改善していただきたかったですね。」
胸に浮かびかけた小さな後悔は、そこで自然と消えていった。
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「その代わりと言っては何ですが。」
クラリスの表情が柔らかくなる。
「レオニス殿下には、本当に助けられています。」
エリスも笑顔になる。
「はい。」
「薬草が不足していることを相談しましたら、代用品を使った調合法を一緒に考えてくださいました。あと、ミリアさんの所有する研究用の命の雫草を分けて下さるようお願いして下さったのも殿下でしたし」
「そもそも薬学が専門ではないのに、あそこまで勉強なさるなんて。頭が下がります。」
クラリスは嬉しそうに頷く。
「迷宮探索でも、安全な採取場所を優先してくださいますし、必要な素材も計画的に集められています。」
「皆のことを考えてくださっているのが、本当によく分かります。」
「ええ。」
エリスも微笑む。
「困っている人を放っておかない。そういうお方なのですよね。」
空になった保管箱を閉じながら、エリスは静かに呟いた。
「命の雫草が手に入らないのは残念ですが……もう仕方ありませんね。」
「私たちも、レオニス殿下のお力を借りながら頑張りましょう。」
「はい。」
エリスも力強く頷く。
二人は再び調合台へ向かった。
その背中に迷いはない。
本来なら胸に残るはずだった「少し言い過ぎたかもしれない」という想いは、いつの間にか薄れていた。
そして、アベルへ向くはずだった感謝や気遣いは、レオニス殿下への賞賛へと、ごく自然に置き換わっていた。




