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閑話04話 忘れられた違和感

 学院魔術棟。


 放課後の研究室には、薬品と魔石の匂いが漂っていた。ルナは机に広げた実験記録へ視線を落とし、小さくため息をつく。


「うーん……。」

「珍しいわね。」


 向かいで資料を整理していたミリアが顔を上げた。


「ルナがそんな顔をするなんて。」

「実験?」

「うん。」


 ルナは苦笑する。


「失敗したわけじゃないんだけど。」

「なんだか、腑に落ちなくて。」


 ミリアは椅子を引き寄せた。


「聞かせて。」

「例の魔道具の改良実験。」

「ああ。」

「レオニス殿下と一緒に成功させたやつ?」

「そう。」


 学院でも大きな話題になった成果だった。

 ルナも頷く。


「ちゃんと成功したし、殿下のおかげなのも間違いないと思う。」

「でもね。」


 少し考え込む。


「成功する直前に、誰かが助言をくれた気がするの。」


 ミリアが首を傾げる。


「誰?」

「……黒髪の男子生徒。」


 その名前は、今では知っている。


「アベル君」

「そう。」


 ルナは静かに頷いた。


「あの時は名前も知らなかったけど、素材の品質が落ちているから配合を変えた方がいいって。そんで言われた通りにしたら、実験が成功した。」



「でも。」


 ルナは首を傾げる。


「今思えば、不思議なのよね。」

「どうして?」

「殿下も同じことに気付いていたような気がするの。」

「え?」

「……ううん。」


 自分でも分からない。

 記憶が曖昧だ。


 あの日。

 教師に呼ばれて席を外したレオニス。

 その間に現れたアベル。

 戻ってきたレオニス。

 そして成功した実験。

 そこまでは覚えている。


 なのに…

 功績は自然とレオニスへ結び付いてしまう。

 自分でも理由が説明できない。


「私もね…」


 ミリアが静かに口を開く。


「最近、似たようなことがあったの。」

「ミリアも?」

「ええ。」

「この前、解毒薬の試作品を取りに来た人がいた話をしたでしょう?あれもアベル君だった」

「そうだったわね」

「その後にセレスティア様を助けた黒衣の男のお話を聞いて、全部繋がった気がしたの。」

「そう。」

「なのに…」


 ミリアは苦笑した。


「不思議なのよ。そのことを考えていても、いつの間にかレオニス殿下のお話をしているの。」


 ルナも思わず笑う。


「それ、私も。」


 二人は顔を見合わせた。


「変よね。」

「うん。」


 確かに変だった。だが、その違和感は長く続かない。


「でも。」


 ルナは微笑んだ。


「レオニス殿下がすごい方なのは本当だもの。」

「それは間違いない。」


 ミリアも自然と頷く。


「迷宮でも学院でも、皆のために動いてくださっている。本当に尊敬できる方。」

「ええ。そうよね」


 二人の表情は穏やかだった。

 先ほどまで感じていた違和感は、雪が溶けるように消えている。



 その時。


 研究室の外から数人の生徒の声が聞こえてきた。


「アベル、また超高難度迷宮だって。」

「よく生きて帰ってくるよな。」

「俺なら絶対無理。」


 ルナは思わず廊下へ目を向けた。

 胸が少しだけ痛む。


「……大丈夫かな。」


 小さく漏れたその言葉に、ミリアも頷きかける。

 しかし…


「きっと本人が望んでいるのでしょう。」


 ルナは自分でそう言い直した。


「殿下も、無理は良くないって仰っていたもの。」

「そうね。」


 ミリアも自然に同意する。


「危険を冒すより、安全に皆で力を合わせる方がずっと大切。」

「殿下の考え方の方が正しいわ。」


 その結論に、二人は何の疑問も抱かなかった。


 それでも…研究室の窓から見える夕焼けを眺めながら、ルナは胸の奥に小さな棘のようなものを感じていた。


 あの日、自分を助けてくれた黒髪の青年。

 実験が成功した瞬間には、もう姿を消していた。

 結局、一度もきちんと礼を言えなかった。

 そう考えていると、いつのまにか黒髪の青年の姿はレオニスの姿に変わっていく。あれ?


 レオニス殿下へなら常に感謝を告げている。どうして"お礼が言えなかった"なんて思っていたのか戸惑うが、きっと感謝の気持ちが足らないと感じていると解釈するルナ。


「明日、もう一度殿下に感謝を伝えよう」


 そう結論づけて、それ以上の思考を放棄した。それは普段の彼女であれば絶対にしない行動だということにすら疑問を抱かずに。

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