003話 始まりの日*
春の柔らかな陽射しが、王立学院の白亜の校舎を照らしていた。
王国中から選び抜かれた少年少女が、緊張した面持ちで学院の門をくぐる。
今日から始まる三年間。
ここで学び、競い合い、多くの者が騎士や魔術師、官僚として王国を支える。
そして――。
(ここから始まる。)
アベルは胸の高鳴りを抑えきれなかった。
この学院は、ゲーム『エターナル・ブレイブ』の序章そのものだ。ここで七人のヒロインと出会い、仲間となり、やがて魔王討伐へ旅立つ。
すべての始まり。
(第二王子殿下も、どこかにいるんだろうな。)
ゲーム本編ではほとんど語られない人物。追加シナリオでようやく存在が判明する王太子レオニス。病弱だったため政治の表舞台に立つことは少なく、主人公とも接点はなかった。だが、学院には在籍していたことだけは資料集に記されていた。
(会うことはないだろうけど。)
それくらいの認識だった。
彼にとって重要なのは、七人の仲間だった。
◇◇◇
学院前広場。
受付を済ませた受験生たちが、実技試験の開始を待っている。その中で一際目を引く一団があった。
豪華な護衛を伴った、美しい金髪の少女。
周囲が自然と距離を空ける。
「隣国アルセリア王国第一王女、セレスティア殿下だ。」
「本当に来てる……。」
アベルも思わず目を向ける。
(セレスティア。)
ゲーム最初の攻略ヒロイン。
凛とした美しさと気高さを持つ王女。
彼女もまた、将来魔王討伐へ参加する仲間だった。
その少し離れた場所では、木剣を肩に担いだ少女が柔軟運動をしている。
黒髪をポニーテールにした快活な少女リシアは王国随一の剣術名門公爵家の令嬢。
さらに、数人の商人と年齢に似合わぬ真剣な表情で話し込む少女はクラリス。侯爵令嬢でありながら商才に優れ、将来は王国経済を支える存在となる少女。
白い修道服姿の少女エリス。ゲームでは聖女となる。
分厚い魔導書を読んでいる少女は天才魔導士のルナ。
弓を手入れしている赤髪の少女は弓、双剣、魔法とオールレンジでの戦闘をこなすフェリ。
小さな薬瓶を眺めている少女は錬金術師で魔道工学にも精通した技師ミリア。
(みんないる……。)
思わず笑みがこぼれる。画面越しに何百時間も見てきた仲間たち。彼女たちはまだ、自分のことなど知らない。それでも、同じ場所に立っているだけで胸が熱くなった。
◇◇◇
「道を開けろ!」
学院前に豪奢な馬車が止まる。
王家の紋章。
受験生たちが一斉に膝をついた。
馬車から降りた少年に、周囲が歓声を上げる。
「レオニス王太子殿下!」
年齢はアベルと変わらない。
金髪に青い瞳。
気品と自信に満ちた立ち居振る舞い。
(あの人が第二王子……。)
追加ディスクの設定資料でしか知らない人物。
実際に見るのは初めてだった。
ゲームでは病弱だったはずだが、目の前の少年は健康そのものに見える。
(この世界では少し違うのかな。)
ゲームと現実は完全には一致しない。
それくらいの違いはあるのだろう。
アベルは深く考えなかった。
一方、馬車を降りたレオニスは、人混みを見渡していた。
(いる。)
ゲームの主人公。
アベル。
ゲームで見た特徴と一致する。
黒髪。
平民の服。
どこにでもいそうな少年。
だが、その姿を見つけた瞬間、レオニスは静かに息を吐いた。
(ここからだ、主人公)
(おまえの物語は、今日終わる。)
◇◇◇
試験は午前が筆記。
午後が実技。
そして最後に総合評価が行われる。
筆記試験。
アベルは迷いなく解答を書き進める。
ゲーム知識ではない。
幼い頃から家庭教師に叩き込まれた知識だ。
政治。
歴史。
魔物学。
魔法理論。
どれも難なく解き終えた。
実技試験。
木剣を構える。
「始め!」
試験官の合図と同時に前へ出る。
一撃。
二撃。
三撃。
相手役の上級生は反応すらできない。
「一本!」
周囲がどよめく。
「今の一年か?」
「速い……。」
魔法試験でも同じだった。
正確な詠唱。
無駄のない魔力制御。
試験官たちは何度も頷く。
(ゲーム通りなら、これで特別クラスは確定だ。)
アベルはそう思っていた。
だから気付かなかった。
試験終了後の学院長室で。
「協調性の評価は?」
レオニスが静かに尋ねる。
「……基準通りです。」
「そうですか。」
レオニスは微笑む。
「学院は個人の強さだけではありません。」
「仲間と歩める者こそ、特別クラスに相応しい。」
その一言に、学院長はゆっくり頷いた。
こうして本来ゲームには存在しなかった評価項目が、静かにアベルの運命を書き換えようとしていた。
そして、そのことを知る者は、まだ誰一人としていなかった。




