002話 ゲーム世界のモブに転生
七歳のある朝、レオニスは夢を見た。
剣を振るう青年。
七人の少女。
魔王。
そして、光に包まれた世界。
目を覚ました瞬間、頭の中へ膨大な記憶が流れ込んできた。
「……『エターナル・ブレイブ』」
思わず呟く。
忘れるはずもない。
前世で何度も遊んだRPG。
魔王を倒し、七人のヒロインと共に世界を救う英雄譚。
しかし、ベッドから起き上がったレオニスはすぐに違和感を覚えた。
(俺は……誰だ?)
主人公ではない。
貴族でもない。
ましてやモブでもない。
鏡に映るのは、王族の正装を纏った幼い少年だった。
「レオニス殿下。」
侍女が頭を下げる。
「本日のご予定でございます。」
王太子で正妃の一人息子。
そんな説明を受けても、レオニスの混乱は収まらなかった。
(ゲームに……こんな奴いたか?)
何度思い返しても、答えは同じだった。
いない。
レオニスという人物は、本編のどこにも登場しない。王太子などという重要人物なら、忘れるはずがない。
「……調べよう。」
その日から、レオニスは王宮の書庫へ通い始めた。
◇◇◇
最初に見つけた違和感は、一枚の古い戸籍だった。
そこには書き直された跡があった。
第一王子 死産
それだけで、名前すら残されていない。
(第一王子?)
ゲームでは、王に子どもは一人しかいなかったはずだ。少なくとも、本編ではそう説明されていた。
レオニスは王宮に仕える老執事へ尋ねた。
「昔、兄がいたのですか?」
執事は一瞬だけ表情を曇らせる。
「……その件は、お答えできません。」
「父上もご存じで?」
「もちろんでございます。」
それだけ言って口を閉ざした。
その態度が、かえって真実を物語っていた。
◇◇◇
数日後。
王は執務室へレオニスを呼んだ。
「お前が調べていることは聞いている。」
低い声だった。
「……はい。」
「本来、お前には知らせるつもりはなかった。」
王は静かに語り始めた。
若き日に生まれた一人の男子。
母はメイドだったこと。
王位継承を巡る混乱を避けるため、「死産」として届け出たこと。
そして今も、平民として密かに育てていること。
「その子は生きている。」
レオニスは静かに息を呑む。
「名前は……アベルという。」
その瞬間だった。頭の中で、何かが音を立てて繋がった。
(アベル……?)
ゲームの主人公。
魔王を倒す英雄。
七人のヒロインに愛される青年。
その名前と完全に一致する。
偶然とは思えなかった。
◇◇◇
部屋へ戻ったレオニスは、一人考え続けた。
(つまり。)
本来、この世界には主人公がいる。
そして俺はいない。
だが現実では、俺が王太子として存在している。
ゲームとは違う世界。
しかし、主人公だけは存在している。
レオニスは机に向かい、前世の記憶を書き出し始めた。
学院。
七人のヒロイン。
魔王討伐。
英雄。
すべての中心にいるのはアベルだった。
そこへ、自分の名前を書き加える。
レオニス。
どこにも入る場所がない。
「……なら。」
ペン先が止まる。
「俺が入ればいい。」
主人公の位置に。
英雄の位置に。
ヒロインの隣に。
そこへ座るのは、自分でなければならない。
そのためには…
アベルを主人公にしてはならない。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
それでもレオニスは静かに決意する。
「学院へ入る前に。兄上の物語を終わらせる。」
その決意は、後に王国全体の運命を書き換えていくことになる。




