249話 2つ目*
アルセリア王城内。
夕暮れに染まった王都を鋼と魔法が激しく切り裂いていく。
アベルは短聖剣を構えたまま、5人の布陣を静かに見渡した。
前衛にはリシア。
腰を低く落とし、刀を正眼に構えている。半身の黒銀の魔導鎧に包まれたその姿は、以前の学院で見せていた剣士とは別人だった。
中衛にはクラリス。
その手にもつ魔導銃は、常にアベルへ照準を合わせて動きを牽制しいる。
後衛にはルナ、ミリア、エリス。
攻撃支援、戦況分析、そして回復。
また、砲撃、投擲、吸収による攻撃もそれぞれ担当。
三人が役割を分担し、その中心でセレスティアがバフの管理を含め全体を指揮していた。
フェリが離脱した状況でも、この五人全員が、一つの生き物のように動いている。
「Cの1」
セレスティアが短く指示する。その声だけで、全員が同時に動いた。
リシアが駆ける。刀が夕陽を受けて白く輝いたが、一瞬で鞘に納刀する。今までよりも更に早い踏み込み。しかし、それ以上に速かったのは抜刀の瞬間だった。
「――ッ!」
居合のような一閃。空気そのものが裂ける。
アベルはかろうじて短聖剣で受け流す。
甲高い金属音。
刀身を滑らせるように力を逃がすが、それでも腕が痺れた。
(重い……。)
以前よりも明らかに斬撃が鋭い。痺れた手を休める間もなく、そこへ乾いた銃声が響いた。クラリスが放った炎弾、雷弾、水弾の三発が時間差で飛来する。
アベルは刀を受け流した勢いのまま身体を捻り、一発目を避ける。二発目は短聖剣で弾く。三発目は肩を掠め、石畳を爆ぜさせた。
「解析。」
ミリアの赤い瞳が妖しく輝く。魔眼がアベルの全身を見据え、淡々と情報を積み上げていく。
「左肩に僅かにダメージ。影響はごく軽微。左前方に移動。」
その言葉に合わせるように、十数本の小瓶が宙へ浮かび上がった。
魔眼による念動力で操られた爆発性の液体の入った小瓶が、絨毯爆撃のようにアベルの頭上から降り注ぐ。アベルの体や剣に当たった瓶は容易に割れて、中の液体が空気に触れると直ぐに爆発する。アベルは炎に包まれ、いくつものガラス片が身体に刺さったり、身体を切り割いた。
さらに。
「《拘束》。」
ルナの魔法陣が石畳一面へ広がる。その魔方陣から、青白い魔力鎖が何本も地中から飛び出し、アベルの足元へ絡み付こうと飛んできた。その全てを避けながら、アベルは頭の中で一つだけ考えていた。
(狙うのは左手の…あの指輪だ。)
フェリが命懸けで残した言葉。
――指輪。
アベルは一気に前へ出る。リシアが迎え撃つ。
刀と短聖剣が何度もぶつかり合い、火花を散らした。
一撃。
二撃。
三撃。
リシアは迷いなく刀を振るう。アベルも真正面から応じる。その姿を見たクラリスは銃口を上げた。
「今ね。」
炎弾を放つ。アベルはそれを待っていた。リシアの刀を受け流した勢いのまま、身体を半回転させる。まるで炎弾を避けるように見せながら、そのまま一直線にクラリスへ踏み込んだ。
「なっ……!」
距離が一瞬で消える。アベルが突っ込んで来て短聖剣での突きを自分に向けて繰り出そうとしているのを見て、クラリスは反射的に魔道銃をアベルに向けて連射した。しかし、アベルは上下左右に不規則に身体を動かして、いずれも外してしまう。
クラリスからは、アベルの短聖剣は銃身を狙うと見えた。しかし、彼女のように魔道銃をカップ&ソーサーグリップで握っている場合、左手の中指は銃身の少し下。
白銀の刃が僅かに軌道を変える。狙いは銃ではない。左手の薬指にある小さな指輪。アベルは小さな雷球を剣に乗せてそこに投げつけた。
乾いた音と共に指輪が真っ二つに裂け、そのまま粉々に砕け散った。
時間が止まる。
「……え?」
クラリス自身が最初にそう呟いた。
次の瞬間。
「――ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。頭を抱え、その場へ崩れ落ちる。
全身が痙攣するように震え始めた。
「いや……!………違う!……違うんです!」
叫びながら、自分の頭を何度も叩く。
視線は定まらない。
呼吸も乱れ、魔力が暴走する。
砕けた指輪から解放されたものが、一気に脳へ流れ込んでいた。積み重なっていた記憶が、濁流となって押し寄せる。
村で、街で、アルセリアの王都で、そこにいた人たちに……銃を向けている。アルセリアの兵士だけでなく市民にも……。苦しむ人々。撃たないでと怯える子供。悔しさと怒りをぶつけるように睨みつける女性。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
苦しみのあまり、クラリスは魔導銃を無差別に乱射した。しかし、それが更に彼女を苦しめる。魔道銃の呪いの効果が激痛となって彼女の全身を蝕んだ。
炎弾が空へ飛ぶ。
雷弾が石畳を砕く。
氷弾がミリアとエリスの足元を凍らせる。
完全な暴走だった。
リシアが飛び退く。
ルナも咄嗟に結界を張る。
ミリアの赤い瞳が揺れた。
カチッ、カチッ。
弾倉から弾がなくなった。
「精神崩壊……。」
エリスが思わず一歩踏み出した。
しかし…
「下がりなさい。」
セレスティアが言った。今までのような指示ではなく明らかな命令。その冷静な声にエリスは足を止める。セレスティアの瞳は暴れるクラリスではなく、その左手を見ていた。
薬指。そこにはもう指輪はない。
砕け散った破片だけが石畳へ転がっている。
(……二人目。)
その事実だけを静かに受け止める。
アベルは短聖剣を構え直した。考えは既に確信へ変わった。指輪を壊せば彼女たちは……きっと本来の彼女達に戻る。だが、その反動に皆、耐えられるのだろうか?という疑念も同時に湧いてしまっていた。
アベルは拳を握る。
(それでも、やるしかない。)
その決意だけは、もう揺るがなかった。




