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248話 突破口

 フェリの身体から力が抜け、そのまま静かに石畳へ崩れ落ちる。


 アベルは慌てて駆け寄り倒れ込む彼女を受け止めると、すぐに腰のポーチへ手を伸ばした。


 取り出したのは小さな回復薬の瓶。


 栓を抜き、迷うことなくフェリの左手の切断面へ薬液を振りかける。


 淡い緑色の光が傷口を包み込み、噴き出していた血が少しずつ止まっていく。腕を再生するほどの効力はない。それでも、このまま失血させ続けるわけにはいかなかった。


(……これでひとまずは大丈夫だ。)


 アベルはそれだけ確認すると、フェリを静かに石畳へ寝かせ、すぐに立ち上がる。


 戦場は待ってくれない。その一連の動きを、他の6人のヒロインたちは黙って見ていた。


 そして、その沈黙を最初に破ったのはリシアだった。


「何をしている。」


 低く、怒気を含んだ声。


「敵を助ける余裕があるというのか。私達を馬鹿にしてるにも程があるぞ。」


 アベルは答えない。フェリから離れ、短聖剣を静かに構え直すだけだった。


 その態度が、リシアには侮辱にしか映らなかった。


「ふざけるな!」


 地面を蹴る。黒銀の鎧が夕陽を反射し、リシアは一直線に距離を詰めた。彼女の刀が唸りを上げながら振り下ろされる。その一撃を、アベルは紙一重で躱した。


 砕けた石畳が爆ぜ、巨大な亀裂が走る。

 以前よりも重い。

 以前よりも速い。


 魔王軍の装備によって強化された今のリシアは、もはや王国最強クラスの剣士と言っても過言ではなかった。


 だが、アベルの視線は、彼女の刀ではなく別の場所へ向いていた。


 左手の中指。

 そこにある小さな指輪。


(やっぱり……。)


 フェリの左手首が切り落とされた瞬間、指輪は砕けた。その直後に、フェリは正気へ戻った。


 さらに、セレスティアはエリスへ回復を命じかけながら、指輪が砕けたことに気付いた途端、その命令を取り消した。


 偶然ではない。そう考えるには、材料が揃い過ぎていた。


 リシアの二撃目が迫る。

 アベルは剣で受け流しながら後方へ跳んだ。


 そこへ、乾いた銃声が響いた。


 クラリスの魔導銃から放たれた炎弾がアベルの着地点を狙う。アベルは空中で身体を捻り、寸前で軌道を変えた。すると炎弾は地面へ命中し、爆炎と共に石畳を吹き飛ばした。


 間髪入れず、水弾、雷弾、土弾。

 次々と属性を切り替えながら撃ち込まれる。その連射速度は、人が詠唱して放つ魔法とは比較にならない。


(威力も……上がってる。)


 クラリス自身の腕前は知っている。昔から魔導銃を巧みに扱う射撃手だった。だが、今の魔導弾は違う。一発一発が中級攻撃魔法に匹敵する威力を持っていた。


 魔王軍の提供した呪われた魔道銃は恐るべき性能で、それは彼女の戦闘スタイルにまで大きく影響していた。


 さらに…


「解析完了。」


 ミリアの赤い瞳は、人間離れした紅色を帯び、アベルの動きを一瞬たりとも見逃さない。


「右肩損傷。回避傾向、左。次も左へ避けます。」


 その指示に合わせてクラリスは銃を連射していく。クラリスの銃が弾切れで、装填作業に入ると入れ替わりに十数本の小瓶が宙からアベルの頭上に投げ込まれた。


 毒薬、麻痺薬、閃光弾、魔導爆弾。魔眼から発せられる念動力が、それらを同時にアベルの頭上に届けていた。


 ミリアは一歩も動かない。ただ視線だけで、念動力を切り、大量の小瓶をアベルの頭上に降らせる。


 アベルは左手を上に掲げて、魔法を唱えた。


「《アイス・ウォール》」


小瓶を全て氷の柱に閉じ込めて、落ちてきた氷柱は誰もいない前方へ蹴り飛ばそうとした。そこへ...


「《エクスプロージョン》」


 ルナの爆裂魔法が放たれる。アベルの足が届く直前で氷柱は爆散し、中に閉じ込められていた爆弾などの瓶も連鎖的に爆発した。


「《ウィンド・ウォール》」


 爆風と爆炎を風の壁で遮り、なんとかやり過ごしたが、その隙に黒い聖衣を纏ったエリスが静かに右手を掲げた。


 掌から溢れた黒い光が霧のように広がり、アベルへ覆い被さるように襲いかかる。頭上の風の壁も霧に吸い取られ霧散してしまった。生命力を吸い取る反転聖魔法エナジードレイン。その霧は浴びれば体力だけでなく魔力までも削られる。


 リシアの猛攻。

 クラリスの射撃。

 ミリアの解析と念動力。

 ルナの攻撃魔法。

 エリスの吸収魔法。


 フェリが抜けた後も5人全員で一切の無駄なく役割を果たしている。その全てを、後方のセレスティアが冷静に指揮していた。


 彼女自身はまだ一歩も動かない。それでも戦場全体が、彼女の意思通りに動いている。


(強い。)


 アベルは素直にそう思った。

 個々も強い。だが、本当に厄介なのは、やはりこの連携だ。誰か一人が崩れても、残る者がすぐに穴を埋める。それがセレスティアの指揮によって何倍もの脅威へ変わっている。


 しかし、アベルも、もう先ほどまでとは違う。

 アベルの視線は、少女たちの顔を見ていなかった。


 見るのは左手だけ。

 砕けたフェリの指輪。

 セレスティアが見せた僅かな反応。

 フェリが最後に残した「指輪」という言葉。

 その全てが、一つの答えへ繋がっていた。


(彼女達を倒す必要はない。狙うのは、あの指輪だ。)


 短聖剣を握る手へ、静かに力が籠る。

 勇者の戦いは、この瞬間、新たな段階へと入った。

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