246話 綻び
アルセリア王都の街並みには、絶え間なく金属音と爆発音が響き渡っていた。
砕けた石畳には幾筋もの亀裂が走り、崩落した建物の瓦礫が山のように積み重なっている。建物から立ち上る黒煙は風に流され、焦げた木材の匂いと血の匂いが入り混じった重い空気が広場一帯を覆っていた。
少し離れた場所では、王国兵と魔族兵がなおも激しく剣を交えている。
怒号と悲鳴。そして魔法の炸裂音。
命を削り合う戦場の喧騒が絶え間なく続いている。
◇
アルセリア王城・王の居室の繋がる大通路。
そこでは1人と7人だけが互いを見据えていた。
アベルとセレスティアに率いられた六人の少女たち。
誰も軽々しく動こうとはしない。一歩踏み出せば、それが次の死闘の合図になることを全員が理解していた。
アベルは静かに息を吐き、短聖剣を握る手へゆっくりと力を込める。
(……駄目だ。)
先ほどまでの交戦で、嫌というほど思い知らされた。
一人ひとりなら、勝機はある。
リシアの剣筋も、
フェリの踏み込みも、
ルナの魔法も、
クラリスの射撃も、
ミリアの解析も、
エリスの聖魔法も
それぞれ対処法は頭の中にあった。
しかし、六人全員が現実の経験を積み重ね、さらに魔王軍の装備によって強化されて、連携している。
そして何よりその六人を、一人の指揮官が完全に統率していた。
セレスティア。
彼女の存在こそが、この戦場最大の脅威だった。
アベルはゆっくりと視線を巡らせる。
リシアは前衛中央。
フェリは右側へ僅かに開き、いつでも横合いへ飛び込める位置。
ルナとクラリスは後方左右に広がり、互いの射線を邪魔しない絶妙な距離を保っている。
ミリアは全員を見渡せる中央後方。
そしてエリスは中央で回復役として待機しつつ、エナジードレインで攻撃の要にもなれる立ち位置。
誰か一人へ近付けば、残る五人が即座に補う。
さらに後方にいるセレスティアは一言命じるだけで、その陣形を自由自在に組み替えてくる。
(六人と戦ってるんじゃない。セレスティアが作った一つの部隊と戦ってる。)
アベルは短く目を閉じた。
このまま消耗戦を続ければ、自分が先に倒れる。
ならば、どこか一か所を崩すしかない。
自然と一人の少女へ視線が止まる。
フェリ。
低い姿勢で双剣を構え、今にも飛び出しそうな体勢を維持している。
ゲームの知識が脳裏をよぎる。
彼女は速度特化で接近戦最強。
だが一度踏み込んだ攻撃は途中で止められない。
彼女特有の爆発力が、そのまま弱点でもあった。
(成長していても……きっと、その根本までは変わらないはず。)
そこしかない。
突破口にするならフェリだ。
アベルは静かに覚悟を決めた。
「フェリ。」
セレスティアの指示が彼女に届く。
たった一言。それだけだった。
しかし、その一言だけでフェリは地面を蹴った。
石畳が砕ける。次の瞬間には、彼女の姿は十メートル以上先へ移動していた。
速い。以前より明らかに速い。
だが、アベルも同時に踏み込んでいた。
真正面から迎え撃つ。双剣と短聖剣が激突し、甲高い金属音が広場中へ響き渡る。
フェリは反動を利用し、その場で身体を回転させながら二本目の刃をアベルの脇腹へ滑らせる。
アベルは身体を半歩だけ引き、紙一重で回避した。
そのまま距離を詰める。双剣には近すぎる距離。
フェリの両腕が一瞬だけ窮屈になる。
(ここだ。)
アベルは柄を狙って短聖剣を振るう。
双剣だけを弾き飛ばす。そのつもりだった。
「右です。」
ミリアの静かな声が聞こえた。
その赤い瞳が妖しく光る。
フェリはアベルの剣筋を見ることなく、ミリアの声だけを頼りに、身体をさらに半歩踏み込ませた。
普通なら、その姿勢では踏み込めない。重心が前へ流れ、転倒するはずだった。だがフェリは止まらない。
彼女は指示を信じて前へ出る。
アベルの目が見開かれた。
(しまっ……!)
短聖剣はもう止まらない。
軌道を変えようとしても間に合わない。
勢いを殺そうとしても遅すぎた。
白銀の刃が、フェリの左腕へ迫っていく。




