245話 勝てない理由*
アルセリア王城。
崩れた噴水を中心に広がる石畳には、魔法によって抉られた大きな穴が幾つも口を開け、その隙間から立ち上る土煙が、戦場全体へ薄い靄のように広がっていた。
建物の屋根は半ば崩れ落ち、折れた柱や砕けた石像が転がる街路を、魔族兵と王国兵が入り乱れて戦っている。
剣がぶつかり合う金属音。
魔法が炸裂する轟音。
負傷兵の叫び。
その全てが混ざり合う中で、王城の中のこの通路だけは、別の意味で異様な静けさを保っていた。
六人の少女達は一切無駄な動きを見せず、一定の間隔を保ったままアベルを囲み、その後方には一歩も前へ出ることなく戦況を見つめるセレスティアが立っている。
彼女は剣も杖も構えていない。
しかし、その存在こそが、この部隊の中心だった。
アベルは六人の配置を一人ずつ見渡した。
正面にはリシア。
右斜め前にはフェリ。
さらに後方にはクラリスとルナ。
その中央で赤い瞳を静かに輝かせるミリア。
そして最後尾には、黒い聖衣を纏ったエリス。
こんなフォーメーションは、ゲームにも存在しない。
だが、実戦用としては、あまりにも完成されていた。
(セレスティアが組んだ陣形か……。)
ゲームでは、彼女はここまで前線指揮を執るキャラクターではなかった。だが現実では違う。
アルセリア王女として幼い頃から軍略や統率を学び、王族として多くの実戦報告にも目を通してきた彼女は、人を動かす才能だけなら英雄級だった。
その才能が、今は魔王軍のために使われている。
アベルは短聖剣を握り直す。
(まず崩す。セレスティアを狙いたいところだが、6人の連携を崩さない限り近付けない。)
そう判断した瞬間だった。
(フェリ。)
セレスティアが静かに名前を呼ぶ。いや、声は発していない。口の動きに魔力を乗せて空気を僅かに振動させただけ。それだけでフェリが動いた。
地面を蹴る音さえほとんど聞こえない。彼女特有の瞬発力で。その速度は、アベルが以前知っていたフェリをさらに一段階上回っていた。
双剣が左右から同時に襲う。
アベルは短聖剣で一撃目を受け流し、その勢いを利用して身体を回転させながら二撃目を避ける。
しかし、フェリは止まらない。
双剣は連続して襲い掛かり、一撃ごとにアベルの移動方向を制限していく。
(……誘導されている。)
その瞬間だった。
「シュート!」
クラリスの落ち着いた声が聞こえる。魔導銃の銃口がわずかに持ち上がった。
炎と雷と氷。三種類の魔導弾がほぼ同時に放たれた。
以前のクラリスなら、一発撃つごとに属性変更のための操作が必要だった。だが今は、魔王軍の用意した呪われた魔道銃が弾倉内部で魔導弾を自動選択している。
詠唱もなく、切り替えの隙もない。まるで魔法そのものを連射しているかのようだった。ただし、その代償にクラリスは魔道銃を撃つたびに猛烈な激痛を強いられていた。
アベルは炎弾を避けた。しかし、その回避先へ雷弾が飛ぶ。さらに、その先には氷弾。逃げ道そのものが消されていく。
「くっ!」
再び土魔法で即座に石壁を作り防御する。着弾と共に大きな爆発が生じて石壁は一瞬で砕け散った。その破片がまだ宙を舞っているうちに…
「《マッド・プール》」
ルナの魔法陣が足元へ展開された。地面が一瞬で泥沼のようになり、アベルの足を飲み込んでいく。抜け出そうにも足が重くて、中々持ち上げられない。」
アベルは短聖剣を泥に指して、魔法で小さな爆発を起こす。足元の泥が吹き飛んで、ようやく自由に動けるようになった。しかし、ルナは複数の魔法陣を同時維持していた。泥の対応に追われていたアベルに、ガトリング砲のような魔法の連続砲撃が四方八方から同時に行われる。研究者として磨き上げたルナの魔力制御能力が、そのまま戦闘技術へ転用されていた。
アベルは最初こそ短聖剣を核とした結界で対処したものの、結界が崩壊する直前に飛行魔法で飛び上がって回避した。そこへ……
「解析完了。」
ミリアの声が静かに響く。赤い魔眼が妖しく輝いた。
「次の回避方向、左後方。」
その言葉と同時に、空中へ浮かんでいた複数の魔導爆弾が一斉に左後方へ飛ぶ。
アベルは思わず足を止めた。
(読まれている。)
この短い戦闘の中でも、動きを学習し解析されていた。勇者として積み重ねてきた癖、身体の重心の移動視線、筋肉の動き。それら全てが見抜かれて、次の行動を高い精度で予測されてしまっている。これでは普通に戦うほど不利になる。
そこへ、黒い聖衣が静かに揺れた。
エリスは何も叫ばない。ミリアが予測したアベルの着地地点に向けて無表情に静かに片手を差し出すだけだった。その掌から黒い光が溢れ出す。光は地面を這うように広がり、その触れた場所から生命力を奪っていく。
アベルは咄嗟に飛び退いたが、一瞬だけエナジードレインの影響を受けてしまった。その一瞬で、アベルの体力と魔力はごっそりと削られた。
「くっ……。」
セレスティアはその様子を静かに見ていた。
「……やはり。」
小さく呟く。
「勇者の力を、以前のようには使えないのですね。」
アベルは何も返さない。返す余裕がなかった。
(……このままでは勝てない。)
一対一なら勝てる。
いや、一対二でも。
だが、この六人を同時に相手取るのは違う。
しかも、それを指揮する優秀な指揮官の存在。
これはもはや一つの軍隊との戦いだった。
アベルはゆっくりと息を吐く。
そして短聖剣を静かに握り直した。
(なら、俺も戦い方を変えるしかない。)
その瞳から迷いが消えた。
次に狙うべき相手は、もう決まっていた。




