244話 勇者の覚悟
アルセリア王城。
王城の外では今も魔族兵と王国兵の戦闘が続いている。そして王の居室に続く通路にも、再び戦いの音が響き始めた。
アベルとセレスティアが率いる六人の少女達は互いに一歩も引かない。アベルは短聖剣を構えながら、静かに息を整えた。アベルの身体の疲労と魔力の消耗は限界へ近づいている。一方で少女達の方はエリスの回復魔法の恩恵を受け万全な状態を維持できている。その上、彼女達は強い。それは疑いようがない。
しかし、本当に厄介なのは個々の能力ではない。セレスティアによって6人の才能が完全に噛み合わされていること。ミリアがアベルの行動を予測して、フェリが牽制し、クラリスの攻撃で動きを制限し、さらにルナが逃げ道を奪う。そこへリシアが決めに入る。そしてエリスが最後の一手を担うという完璧な流れ。まるで、最初からアベルを倒すためだけに作られた部隊だった。
「……」
アベルは一つの記憶を思い出す。絶望の塔でのメイとの戦い。あの時、彼は迷った。アベルの目の前に現れた幻影の少女達が本物ではないと、そう理解していても剣を向けることに躊躇した。その結果、何度も追い詰められた。そして、最後には自分自身の弱さを利用された。だが、今回は違う。アベルはしっかりと目を開き、目の前にいる彼女達をみる。確かに本人達だ。そして今、彼女達は敵として戦場に立っている。
ならば、まず止める。その後で、必ず救う。
アベルは剣を握り直した。
「……行きます」
その瞬間、アベルの姿が消える。最初に向かった先にいたのはルナだった。理由は明確。火力が高いためだ。アベルは一直線に距離を詰めた。
「狙いはルナ。」
ミリアの予知による指摘にルナが反応する。ルナの杖の先に複数の魔法陣が展開された。
「《石礫》」
魔法陣から射出された魔法弾がアベルに向かって飛ぶ。しかし、アベルはそれを読んでいた。
右へ。
左へ。
最小限の動きで避ける。ゲーム知識と今まで実際に見てきたルナの戦い方、魔法陣を展開する速度、詠唱の癖、魔力の流れ。全てを覚えている。そこに、セレスティアによる成長補正・連携補正を加味すれば………届く。短聖剣が魔法障壁へ触れる。
だが、その瞬間、
「下がってください。」
ミリアの声。赤い瞳がアベルを捉えた。
「パターン修正。狙いが私に変更。」
空中の魔導爆弾が一斉に軌道を変える。アベルはミリアに近づくことが出来ずに即座に後退した。
爆発。その煙の中にフェリが飛び込む。煙の中でアベルは彼女の両手の双剣を短聖剣と予備のショートソードで受け止めた。
鍔迫り合い。フェリの顔が目の前にあるが、その瞳には感情がない。以前なら、ここで何か言葉があった。しかし今は、ただ敵を見る目があるだけだ。アベルの胸が僅かに痛むが、おもっきり気合いを入れ直す。その瞬間、アベルの短聖剣がフェリの双剣を押し込んだ。
「……!」
アベルは咄嗟に力を流して、反動によりバランスを崩したフェリの身体を逸らす。彼女の背中が見えた。鎧の無いところに刃を立てれば彼女を倒せた。しかし、殺すわけにはいかない、むやみに傷つけたくない、が脳裏を占めた結果、一瞬隙が生まれた。
「そこです」
ミリアの指示したポイントにクラリスが魔導銃が向けた。
雷属性の弾丸が発射され、アベルの心臓を狙ってきた。アベルは判断する。避ければフェリに直撃すると。だが、避けなければ致命傷にもなりうる。迷う時間はなかった。アベルは短聖剣を近くの地面へ突き刺して、土魔法で即座に壁を形成する。
雷撃が壁を砕き衝撃でアベルの身体が後退する。
その瞬間、セレスティアの声が響いた。
「なぜ防ぐのですか」
アベルは振り返る。
「……」
セレスティアは静かに続ける。
「敵を庇うなんて、随分と余裕なのですね。」
アベルは答える。
「違います。俺は……守れるものを守っているだけです。」
セレスティアは理解できないという表情を浮かべた。
「あなたは非合理的です。ですから、いいように扱われるのです。」
その言葉は、以前なら胸に刺さっていたかもしれない。だが、今のアベルは違った。
「そうかもしれません」
静かに返す。
「俺は効率や旗印だけで人を判断できません。助けてもらった人を、仲間だった人を、ただの駒として見ることはできない」
セレスティアは黙る。
ほんの一瞬だけ、表情が揺れた。
しかし、すぐに消える。
「……理解できません」
そして、再び六人へ命令する。
「続けて。Aの4」
六人が、また新しいフォーメーションで動きだす。
だが、アベルの中で何かが変わっていた。
今までは、どうすれば勝てるかを考えていた。
しかし、今はどうすれば彼女達を救えるか…
それだけを考えている。
今のアベルには彼女達全員が泣いているように感じられたから。
アベルは剣を構える。
戦う覚悟は決まった。
傷つける覚悟ではなく、
彼女達を救うため。
勇者の剣が再び白銀の光を強く放ち始めた。




