243話 7人の連携
アルセリア王城。
王城の外では崩れた建物の影から吹き抜ける風が、砂埃を巻き上げ、黒い魔力を帯びた旗が揺れていた。
魔族兵が居なくなったことで、通路には一瞬だけ静寂が訪れた。しかし、その静けさは、戦いが終わったことを意味していない。むしろ、これから始まる戦闘のために、全てが整えられたという合図だった。
その中心で、アベルと7人の少女達は向かい合っていた。
本来ならば、
共に迷宮へ挑み、
共に戦場を駆け、
時には互いに助け合うはずだった。
それが今、自分を倒すために立っている。
アベルは短聖剣を握る手に力を込めた。
迷いはある。当然だった。しかし、剣を下ろすことはできない。この先には、守るべき人々がいる。
アベルが一歩踏み出した瞬間。
「リシア」
セレスティアが名前を呼んだ。
命令というには短すぎる言葉。
しかし、リシアは即座に理解した。
黒銀の鎧が光を反射する。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
「……!」
アベルは咄嗟に短聖剣を横へ構える。
金属音。
凄まじい衝撃が腕へ伝わった。
リシアの刀は…
以前より重く、以前より鋭く、そして、以前より迷いがない。
アベルは受け流しながら距離を取る。
「強くなりましたね」
思わず声が漏れた。リシアの剣は、単純な強化ではなかった。剣筋そのものが洗練されている。それは魔王軍に与えられた装備によるものではなく、彼女自身が積み重ねた努力によるものだ。それが今の強さを作っている。
しかし、アベルには、彼女の剣には以前あったものが欠けていると感じていた。
悔しさや負けたくないという感情。
自分自身で考え、選択する意志。
それらが薄い。代わりに、命令を遂行するための正確さだけが残っている印象だ。そう、アベルが考えた瞬間……。
「左」
ミリアの声が響いた。赤い瞳がアベルを捉えている。
アベルの身体は既に左に動いていた。後の先を取ったリシアの刃がミリアの指示でアベルの短聖剣を弾いてアベルに強烈な蹴りを与えた。吹っ飛ばされたアベルは直ぐに体勢を立て直して、リシアに向かっていく。
「次は右」
また、ミリアの声が響く。右に回り込もうとしたアベルの更に右側に回り込んだリシアがアベルを切り付けようと居合を放つ。
強烈な金属音が響き、リシアの刀をかろうじて短聖剣で防いだアベル。しかし、その直後、3つの小瓶が空中を舞った。その中身はそれぞれ煙幕用、目印用、そして魔力検知阻害用の魔導爆弾だった。以前のミリアなら、魔導袋から取り出して一つずつ使用していた。しかし今は赤い魔眼が魔力を操り、複数の魔道具を同時に浮かせている。
アベルの足元に小瓶が落とされ爆発が起き、煙で視界と魔力感知が遮られた。また、アベルの足元には魔素が大量に含まれたペイントが散布され煙の中でもアベルの動きだけは検知できる。
背後から殺気。フェリの双剣が迫る。アベルは振り返らずに身体を沈めたが、刃が髪を掠めた。そのままフェリは回転し、次の斬撃へ繋げる。その動きはアベルの知る彼女よりもずっと速い。だが、それだけではない。持ち前の身体能力の高さだけではなく、攻撃の一つ一つが次の攻撃へ繋がっている。
フェリが距離を詰め、アベルが下がる。
その先に…
「炎弾」
クラリスの魔導銃から放たれた赤い魔力弾が一直線に飛来する。アベルは迷わず横へ跳んだ。
着弾し炎の壁が広がる。その炎を避けた瞬間。
「氷弾」
今度は青白い魔力弾で足元が凍りつく。それは動きを制限するための攻撃だった。
アベルは足から地面へ魔力を流し、氷を砕く。
しかし、そのほんの一瞬。その一瞬で十分だった。
「《捕縛》」
ルナの声。地面から魔力の鎖が伸びる。
アベルは短聖剣で目の前の鎖を切断したが、一本切れば、二本、三本とさらに別の魔法陣が展開され、遂に裁ききれなくなった。ルナは以前より多くの魔法を同時制御していた。研究者として培った魔力制御能力が戦闘技術として昇華されていた。鎖に縛られたアベルの動きが止まる。
そこへ、エリスが前へ出た。黒い聖衣が風に揺れる。その姿だけを見るなら、かつての聖女としての彼女とは別人だった。
「……」
エリスが屈んでアベルの方の床に手を置く。彼女の手からは淡い光が発せられアベルの方に伸びていった。だが、それは彼女が普段得意としている癒しの光ではない。光に触れた床の絨毯から色が失われまるで100年単位での劣化を一瞬で起こしたかのように干からびていく。アベルはそれを見て、身体を傷つけながらも強引に魔力の鎖を引きちぎり、即座に距離を取った。
「あれは、エナジードレイン……」
本来ならば、生命を救うための聖属性魔法を反転させた力。すなわち、相手の生命力を奪うための魔法だった。
アベルは息を吐く。背に配置した氷の壁をスライドさせて一気に後ろの扉の近くまで下げた。エリスのエナジードレインに勇者の力がどこまで対抗出来るかわからなかった。
それにしても、強い。
誰か一人が突出しているわけではないが、全員が役割を持ち、全員が互いを補っている。
その時…
「Fの5」
セレスティアが静かに言うと6人が一瞬で動きを止めた。アベルは、攻撃を止めるタイミングまで完全に一致していたことに驚愕した。
セレスティアは6人を見て指示している。それどころか戦場全体を支配していた。適宜バフを全員にかけながら、全員の立ち位置、攻防の流れ、連携による弱点の補填と強みの強化。彼女達やアベルの疲労と魔力の残量まで含めて、全てを把握して計算に入れている。
「……」
アベルは理解した。
目の前の6人が強い理由。それは単純に能力が上がったからではない。
セレスティアが彼女達一人一人の才能を理解し、最大限に活かしているからだ。討伐隊でレオニスが指示を出していた時とは何もかもが違う。個々人の実力の引き出し方も、チームでの連携も全くの別次元だ。
個人なら隙がある。弱点もある。しかし、6人が一つの意思で動けば、その弱点すら消える。
セレスティアが口を開く。
「Aの2」
短い符号。だが、相手に作戦内容を知られないという意味ではこれ以上ないぐらい効果的な方法だ。
再び六人が構えた。さっきとは位置取りが違う。
アベルは短聖剣を握り直した。これは、学院や討伐隊で見て知っていたはずの彼女達との戦いではない。
今目の前にいるのは、セレスティアによって完成された魔王軍の精鋭部隊だった。




