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240話 再会*

 アルセリア王都が見渡せる小高い丘。


 かつて白亜の城壁に囲まれ、穏やかな時間が流れていた美しい都は、今では戦場の噴煙と音に包まれていた。


 城門の外では魔王軍の旗が風に揺れている。


 地面には巨大な魔獣の足跡が刻まれ、魔族兵達の怒号が響く。城壁から見える景色は、アベルが知っているアルセリアとは別の場所のようだった。


 だが、この国には、守るべき人がいる。


 アベルの脳裏に浮かぶのはアルセリア国王と王妃。

 そして、まだ幼いリリア王女。


 数ヶ月前、ミスリルゴーレムの事件で危機に陥った彼女を救った時、リリア王女は涙を浮かべながら、自分を見上げていた。


 その少女が今、この戦場にいる。

 アベルは王都内部へ視線を向けた。


「皆さん、すみません。俺は先に行きます!」

「…わかった。俺らも直ぐに追いつく。」

「気をつけろよ、アベル!」

「はい!」


 宵闇の月のメンバーに見送られて、アベルは魔法を行使する。入院中のベッドの中で密かに練習していた飛行魔法。平地では、まだ短距離しか飛べないが、この丘の上からなら、外套を翼代わりにしてグライダーの要領で王城のテラスまで直接飛べる。


 アベルは勢いよく飛び出した。

 そして飛んでいる最中に見つけた。


「……リリア殿下。」


 魔王軍の集団に1人立ち向かう小さな姿。


 その前方には一人の少女が立っていた。

 セレスティア=アルセリア第1王女。

 彼女は確かに魔王軍の側にいた。


 セレスティアの魔力が集まる。細剣が動く。

 アベルは考えるより先に動いた。

 城壁を蹴り、王城内部へ飛び込む。


(リリア殿下!)


 突然現れた存在に、リリアが顔を上げる。


「勇者……様?」


 アベルは短聖剣を抜き、その白銀の刃がセレスティアの細剣を弾いていた。


 細剣に込められていた魔力を直接浴びた短聖剣は、そのわずかな一瞬の接触でも熱を帯びるほどだった。あのままだったら確実にリリアは即死していただろう。アベルは冷や汗を感じながら、短聖剣を握ってリリアの前から動かなかった。


「大丈夫ですか、リリア殿下。」


 アベルがセレスティアを視界に入れて警戒したままリリアにも目線を向ける。リリアは開いたその目に、アベルの姿を見た。


「勇者様……約束通りに助けに来てくださったんですね。」


 アベルは小さく頷く。


「間に合って良かったです。」


 その言葉にリリアの張り詰めていたものが切れた。


「ありがとうございます……。」


挿絵(By みてみん)


 涙を流しながら熱い眼差しで見つめてくるリリアに、アベルは静かに頷いた。


 そしてアベルは改めてセレスティアを見る。


「セレスティア様。」


 その呼び方にセレスティアの表情が僅かに揺れる。

 だが、すぐに冷たいものへ戻る。


「……まだ私をそう呼ぶのですね。様など付けず、敵として呼び捨てにすればいいものを…。」


 彼女にとってアベルは敵で、彼女もアベルから敵だと認識されていると、思っていることにアベルは引っ掛かりを覚えた。


「それは当然です。」


 アベルは答える。


「あなたは、あなたですから。」


 その言葉にセレスティアの目に一瞬、僅かにだが動揺が見られた。


「何をしに来たのですか。」


 セレスティアが問う。

 アベルは静かに尋ねた。


「それはこちらが聞きたいです。どうして……こんなことをしているのですか?」


 場の空気が変わる。


「あなたがアルセリアの民を傷つけるようなことを望むとは思えません。何があったのですか。」


 アベルの声に責める色はない。ただ、本当の理由を知ろうとしていた。セレスティアは目を細める。


「……分かっていませんね。私は今、自分の意思でここにいて、アルセリアを支配し、ヒト族を滅ぼそうとしています。」

「それは本当ですか?」

「はい。私は目覚めたのです。魔王様こそが今の私の全て。私はこの身と、国と、ミスリルを全て魔王様に捧げます。誰にもその邪魔はさせません。」


 アベルの背に守られながら、リリアは「そんな筈ありません!」と必死で否定していた。


「理由を教えてください。なぜ、魔王にそこまで傾倒するのか、その理由を!」

「…そんなのは決まっています。魔王様が最も尊きお方だからです。それを害するヒト族は、この世に存在していてはいけないのです。


 アベルは彼女達が、この場にいないレオニスを人質に取られて、やむなくやっているのではと考えていたのだが、どうやら違うようだ……。


「貴女だってヒト族じゃないですか。」

「もちろん承知しております。ですから、私は全てのヒト族を根絶した後で自ら命を絶ち、この心の臓を魔王様に捧げるつもりです。それが至高なる魔王様より与えられた私の使命ですから…。」


 アベルはセレスティアの狂信者のような答えに絶句する。だが、何かに陶酔しているようでも、裏がありそうな感じもしない。ただ、それを当たり前に思っているだけのようにしか見えなかった。


「……あなたは、どうかしています。自分をしっかり持って下さい!」

「……あなたは危険です。いつも、そうやって私の心をかき乱す……。」


 アベルはセレスティアを見る。


「そもそも……俺は……あなた達と戦いたいわけではありません。」

「ならば、なぜ剣を持つのですか?」


 問い返される。アベルは短聖剣を見る。


「守るためです。今、守るべき人がいるからです。」


 視線が一瞬リリアへ向く。

 セレスティアが細剣(レイピア)を構える。


「あなたは魔王軍にとって最大の脅威で……私の…敵です。」


 アベルは静かに息を吐く。


「そう見えているんですね。残念です。ですが……」


 短聖剣を構える。


「これ以上、貴女に誰かを傷つけさせるわけにはいきません。」


     ◇


「リリア様!アベル殿!」


 そこに聞き覚えのある声が響いた。リリアの女性護衛騎士サーシャが、慌てて呼び出してきた。そして、リリアを庇うようにアベルの横に立つも、魔王軍側に立つセレスティア王女を見て戦慄する。


「ここは私が対応します。貴女はリリア殿下を連れて下がって下さい。」

「わかりました。よろしくお願いします。」


 アベルはリリアへ視線を向ける。


「リリア殿下、私が何とかしてみせます。決して悪いようにはしませんので、お任せ下さいますか?」

「はい。お姉様のこと、よろしくお願いします。」


 頭を下げてサーシャに連れられ下がるリリア。

 アベルは防御魔法を展開して2人の退路を確保し、その背中を見送った。


 そして、再び前を見る。


 そこにはセレスティアと数十人の魔族兵。そして魔族兵の間に見覚えのある姿がいた。


 リシア

 フェリ

 ルナ

 エリス

 ミリア

 クラリス


 かつて同じ教室で同じ時間を過ごし、一時は共に戦った少女達。その全員が、今は魔王軍の一員として、アベルの前に立っていた。ただ、いくら見渡してもマユミとメアの姿は見当たらない。


 そして、リシアが刀を抜く。


「勇者……。」


 フェリが双剣に魔力を集める。


 ルナの周囲に魔法陣が展開される。


 ミリアとクラリスも、それぞれ戦闘を支援する態勢へ入る。


 エリスも静かに杖を構えた。


 セレスティアは、ただ冷ややかにこちらを見ていた。


 アベルはその光景を見つめる。

 胸の奥に痛みが走る。


 なぜ?どうして? 疑問しか浮かばない。


 しかし、彼女達の表情には迷いはなく、完全に敵を見る目だった。最近は決して仲が良かったとは思わないが、ここまで殺意を向けられる心当たりはない。


 アベルはゆっくりと短聖剣を構えるが、まだ殺意は向けていない。


「セレスティア様。」


 静かな声で呼びかける。


「聞きたいことがあります。」


 セレスティアは無表情で見返す。


「何でしょうか。」


 アベルは問いかける。


「マユミとメアは無事ですか?2人はどうしていますか?」

「ええ。2人は無事です。今は別行動ですが、ここに来ています。」


 それを聞いてアベルの肩の荷が一つ降りた。最悪の事態だけは回避できたようだ。しかし、油断はできない。ここに来ているという事は魔王軍の一員として、ということだろう。敵対する事になるかもしれないという不安が心をよぎる。しかし、今は目の前のことを片付けるべきだ。アベルは気を取り直してセレスティア率いる魔王軍に向きあった。


 戦場の風が吹き抜ける。


 アベルはまだ知らない。彼女達の心が何によって歪められているのか。


 ただ一つ分かることは……


 今、自分は彼女達を止めなければならないということだけだった。

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