↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/358

238話 撤退する魔王軍と小さな約束

砦街外周部。


 魔王軍指揮官が倒れた瞬間、戦場の空気が変わった。それまで統率されていた魔王軍の動きが、明らかに鈍る。


「指揮官が倒れたぞ!」

「副官殿に指示を請え!」


 魔族兵達の間に動揺が広がる。魔王軍は決して弱い軍ではないが、指揮系統を失った状態で、損害を増やし続ける意味はない。


 やがて、魔王軍後方から撤退を知らせる角笛が響いた。


     ◇


「敵、撤退を開始しました!」


 城壁上の兵士が叫ぶ。砦司令官はすぐに判断した。


「追撃はするな。こちらも消耗している。防衛を優先だ。」


 兵士達はその命令に従い、伝達を開始する。


 勝利はした。だが、誰もが理解していた。

 これは終わりではない。魔王軍は撤退しただけで、本当の戦いはまだ続いている。


 ……それでも、砦街は守られた。


     ◇


 城壁の上。


 兵士達の間に安堵の空気が広がる。


「生き残った……。」

「守り切ったんだ。」


 短聖剣を鞘へ戻しながらアベルはその様子を静かに見ていた。


 身体には疲労が残っている。

 勇者の力も、まだ完全ではないのだろう。

 しかし、以前とは違った形でも確かに勇者の力は存在する。


 一人で全てを背負う必要はない。

 ガルド達がいる。

 この街の兵士達がいる。


 守るということは、自分だけが傷つくことではない。

 そのことをアベルは少しだけ理解し始めていた。


     ◇


 戦いが終わった後にアベルは医療区画へ向かった。


 理由は一つ、あの少女に会うためだ。


     ◇


 病室の前の扉を開ける。


「お兄さん。」


 少女はすぐに気づいた。


「怪我は?」


 少女が心配そうに尋ねるが、アベルは笑って答えた。


「大丈夫。少し疲れただけだ。」


 少女は安心したように息を吐く。


「勝ったんですか?」

「ああ。」


 アベルは頷く。


「この街は守れた。」


     ◇


 少女は窓の外を見る。そこには、戦いの跡が残る街並みがあった。


「怖かったです。」


 少女が小さな声で言う。


「音が大きくて。また何か壊れるんじゃないかって。」


 アベルは黙って聞いている。


「でも。」


 少女は続ける。


「お兄さんがいたから、大丈夫だって思えました。」


 アベルは少し困ったように笑った。


「俺は、そんなに頼れる人間じゃないぞ。力も前より弱くなっているし。」


 少女は首を振った。


「でも、ちゃんと約束を守ってくれました。」


 アベルは目を瞬かせる。


「約束?」


 少女は小さく笑う。


「また会いに来るって。」


 アベルは思い出す。

 眠りから目覚めたばかりの頃に不安そうな少女へ言った言葉。


 『必ずまた来る。』

 『元気な顔を見に来る。』


 その程度の小さな約束。

 しかし、少女にとっては、とても大きな意味を持つ約束だった。


「……そうだったな。」


 アベルは窓の外を見る。


「じゃあ、もう一つ約束してくれますか?」

「はい?」

「次に会う時は、もっと元気になっていてください。」


 アベルは少し驚いた。


「俺が?」

「はい。お兄さんは、いつも誰かを助けています。だから、自分のことも大切にしてください。」


 その言葉にアベルは静かに目を伏せた。


「分かった。」


 アベルは笑う。


「約束する。」


 少女も笑った。


     ◇


 小さな病室。


 大きな戦争の中で、二人の間に交わされた約束は、アベルにとって、失われかけた勇者の力を取り戻すための、新しい支えになっていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。