234話 砦を揺らす魔王軍
夜の闇の中。
街道砦都市の外側に、魔王軍本隊の姿が浮かび上がっていた。これまでの散発的な攻撃とは明らかに違う整えられた隊列。その中には重装備の魔族兵や大型魔獣に加えて、それらを率いる高位魔族の姿まであった。
その光景を見た兵士達の間に、緊張が走る。
◇
外壁の上。
司令官は静かに敵軍を見つめていた。
「……規模は。」
副官が報告書へ視線を落とす。
「推定、先ほどまでの攻撃部隊の三倍以上。正面突破を狙える戦力です。」
司令官は短く息を吐く。
「やはり、最初からこれが目的だったか。」
魔王軍は最初からこの本隊を温存していた。これまでの攻撃は、この街の防衛能力を確認するため。そして兵士達を疲弊させるためだった。
◇
「全軍へ通達。」
司令官が命令する。
「第二防衛態勢へ移行。第一城壁を維持しつつ、突破された場合は第二防衛線へ後退する。なお、住民保護を最優先。」
命令が次々と伝わる。
兵士達は不安を抱えながらも動いた。
この街を守るために。
◇
その頃。
医療区画から戻ったアベルは、再び外壁へ向かっていた。身体には疲労が残っているし、魔力も完全には回復していない。それでも早く戦場へ戻り打開策を探したかった。
◇
「アベル、無理はするなよ。」
途中すれ違ったガルドが声をかけてくれる。
「分かっています。」
アベルは答える。しかし、その足は止まらない。
◇
外壁の司令室。
司令官はアベルを見る。
「勇者殿。先ほどの戦いをこちらから見ていました。お見事です。」
「いえ。」
司令官は少し間を置く。
「ですが、正直に言って下さい。今の戦力でが砦街全体の防衛は厳しいと思いませんか?」
アベルは黙って敵を見る。
「……そうですね。」
否定はできない。自分に最盛期の力があれば何とか出来るかもしれないが、現在の戦力ではいつまで持つかわからない。
司令官は続ける。
「ですが、貴方の行動次第では住民の生存率が大きく変わります。だから、お願いします。アレを……倒して下さい。」
これも命令ではなく依頼だった。そしてアレとして指刺したのは魔王軍の軍勢の中心で一際大きい存在感を示している魔族だった。
「分かりました。」
アベルは頷いて、その場を後にした。
◇
魔王軍本隊が動き出し、前衛の大型魔獣がゆっくりと歩を進める。歩みに合わせて地面が揺れた。
外壁の上の兵士達が息を呑む。
「魔導砲、準備。」
司令官が周囲の兵士に指示を出す。
「最後の一発だ。確実に敵の勢いを削れ。」
魔力が集まる。砦に残された古い防衛兵器が、再び起動する。
「発射!」
轟音と共に巨大な魔力弾が夜空を裂く。魔王軍前衛へ直撃。
崩れる魔物の群れ。しかし、その爆煙の中から一体の巨大な影が現れた。
「嘘だろ……。」
兵士が呟いた。
魔導砲の直撃を受けても倒れない、その魔獣の背後から、さらに強大な力をもつ一人の魔族が歩み出る。
「なるほど。人間の砦にしては、まだ使える設備が残っているな。あれを奪えば、今度こそ魔王様に目にかけて貰えるかもしれん!」
その高位魔族は今回の侵攻部隊の指揮官だった。但し、魔王の命で来たわけではなく、武功を焦ったその魔族が勝手にやっているだけではあったが。
◇
「まずは、あの砲塔を確保する。」
指揮官の魔族が手を掲げると、周囲の魔力が集まっていく。
アベルは瞬時に理解した。
(ヤバい。あれは城壁を破壊するための魔法。)
「来ます!」
アベルが砦の兵士達に向けて叫ぶが、兵士達の防衛強化よりも魔族の魔法の発動の方が早い。
◇
そこに宵闇の月が動いた。
「やらせるか。」
ガルドが前へ出て、仲間達も続く。ガルドの斬撃が、トーヴの《ファイヤ・アロー》が、リックの弓から放たれた何本もの《電撃矢》が、バルドの薙ぎ払いが、高位魔族と巨大な魔獣の注意を引き付けている。
◇
アベルは短聖剣を握りなおした。
勇者の力は弱い。
身体も限界に近い。
それでも……
ここで守らなければ、この街の人々が傷つく。
病室の少女も、この街で暮らす誰も。
◇
アベルは再び走り出した。
魔王軍本隊との本格的な戦いが今、始まった。




