233話 剣を取る理由
街道砦都市の防衛戦は、夜になっても終わることはなかった。
魔王軍は攻撃の手を緩めず、小規模な部隊を絶え間なく送り込みながら、城壁の防衛設備と兵士達の体力を少しずつ削っていた。
それは無謀な突撃ではない。こちらの防衛能力を測り、戦力を消耗させるための計算された攻撃だった。
◇
外壁の砦司令室。
司令官は、魔導灯に照らされた地図を見つめていた。
「敵の動きに変化は?」
「ありません。」
副官が答える。
「小規模な部隊を投入し続けています。」
「こちらの防衛設備と配置を確認しているようです。」
司令官は静かに息を吐いた。
「やはり、本命は後方か。で、援軍の情報は?」
「まだ、ありません。残念ながら……。」
敵は焦っていない。時間をかけるほど、こちらが不利になることを理解している。
◇
外壁の外。
アベルは魔物の群れと戦っていた。
短聖剣が閃き、一体、また一体と確実に敵を倒していく。その動きは正確だった。長い戦闘経験によって磨かれた剣技は、勇者の力が弱まった今でも失われていない。
しかし、身体は確実に疲労を蓄積していた。
◇
「アベル。」
横に並んだガルドが声をかける。
「そろそろ休め。」
アベルは前を見たまま答える。
「まだ動けます。」
「そういうところだ。」
ガルドは苦笑する。
「動けるかどうかじゃない。限界になる前に休むのも戦う奴の仕事だ。」
アベルは少し黙る。そして、小さく息を吐いた。
「……分かっています。」
◇
結局、アベルは宵闇の月のメンバーに促されて一旦司令部に下がった。そこで簡単な傷の手当てと飲食による補充を行うためだ。
アベルが戻って10分ぐらいが経過したときだった。外壁上の司令部へ、一人の伝令が駆け込んできた。
「司令官!」
伝令は敬礼すると、すぐに報告を始める。
「内壁の中の医療区画の防御壁が損傷しました!」
「魔族による遠距離魔法攻撃です!」
◇
砦司令官の表情が変わる。
「負傷者の状況は?」
「現在、内部への被害はありません!」
「ですが、損傷箇所から追加攻撃を受ければ危険です!」
司令官は即座に判断する。
「まったく内壁の総司令部は何をやってるんだ!仕方がない。うちから修復部隊を向かわせろ。同時に周辺警戒を強化する。」
「「はい。」」
◇
その会話を聞いていたアベルは、静かに視線を向けた。
医療区画には、あの少女がいる。
アベルは司令官へ声をかける。
「司令官。」
砦司令官が振り返る。
「どうした、勇者殿。」
「医療区画の修復に、俺も向かっていいでしょうか。」
◇
司令官は一瞬考える。
現在の戦況、遊撃戦力としての勇者の価値。そして、医療区画の重要性。戦況が長引いたときに下支えするのは医療区画の存在だ。
「……頼めるか。ただ、急いでくれ。」
「分かりました。」
アベルは頷いた。
◇
医療区画。
そこには、不安そうな表情を浮かべる住民や負傷兵が集まっていた。
その外側の防御壁の一部が崩れている。それは魔族の魔法攻撃によるものだった。
アベルは崩れた壁へ手を置く。
「修復します。」
土魔法が展開され、大地が震える。崩れた石材が浮かび上がり、失われた部分へ組み込まれていく。
以前なら、この程度の修復は、それほど難しいものではなかった。しかし、今のアベルには勇者の力は戻っておらず、魔力の流れは以前より重く、集中を維持するだけでも身体へ負担がかかる。
額に汗が浮かぶ。呼吸が少しずつ乱れる。
それでも、アベルは手を止めなかった。
その時、視線を感じた。アベルは顔を上げる。
◇
医療区画二階の一つの病室のその窓から…小さな手が振られていた。
アベルの知る特殊な魔道具の近くでしか生活できない少女。近くで戦闘が始まっても彼女はこの場所から離れることはできない。その少女が窓越しに、必死に手を振っていた。
アベルは一瞬だけ目を見開く。
そして小さく笑った。
土魔法を維持しながら、空いた手を上げる。
少女の表情が明るくなる。
声は届かない。距離もある。
それでも確かに気持ちは伝わった。
(守らないとな。)
アベルは思う。
この街を。ここで暮らす人々を。
あの少女が、明日も同じ窓から外を見ることができるように。
防御壁の修復が終わり、アベルは静かに息を吐いた。
身体の重さは消えず、勇者の力も戻っていない。
それでも、剣を取る理由は残っていた。
◇
その頃、外壁の司令室に新たな報告が届く。
「敵後方に、大規模な魔力反応を確認!魔王軍本隊と思われます!」
司令官は険しい表情になる。
「……やっぱり来たか。」
これまでの攻撃は前準備。
ここからが本当の戦いになる。
夜の闇の向こうで魔王軍本隊が、ゆっくりと動き始めていた。




