231話 眠れる砦の目覚め
砦街。
王都へ続く街道上に築かれた、かつての防衛拠点。長い平和の時代の中で、人々が住み着き、商業と生活の場へと姿を変えていた。
しかし、城壁、門、地下に残された防衛設備は、その役割を果たせるように整備され続けていた。そして今、それらが再び必要とされる時が来ている。
◇
砦街司令室。
「敵軍、接近!」
伝令の声が響く。
砦司令官は地図へ視線を落とした。
敵は魔王軍で規模は大きい。
だが、こちらも無防備な街ではない。
「住民の避難状況は?」
「主要区画は完了しています!」
「よし。」
司令官は即座に指示を出す。
「第一城壁を防衛線とする。」
「魔導砲は温存。敵の主力接近まで待機。」
「負傷者搬送の経路を確保しろ。」
次々と命令が飛ぶ。長い平和の中で忘れられていたが、この街は元々、戦うために作られた場所だった。
◇
防衛用の外壁上でアベルは遠くを見る。
黒い軍勢。
魔族兵。
魔物の群れ。
王都へ続く道を突破するための軍勢。
その光景を見ながら、アベルは静かに息を吐いた。
魔王城へ向かった討伐隊の、その後の消息は今も分からない。無事に辿り着けたのか。魔王と戦ったのか。何も情報がないだけに二人のことが気にかかる。
(これを片付けて直ぐに行く。それまで……マユミ、メア、どうか無事でいてくれ。)
◇
「君が勇者か。」
声をかけられ、アベルは振り返る。
そこにいたのは砦司令官だった。
年齢は四十代ほどで歴戦の軍人らしい鋭い目をしている。
「宵闇の月と同行しているそうだな。」
「一応、そこのメンバーです。」
「そうか。」
司令官は少しだけ考える。
「この街は軍だけで守れる状況ではない。だから、冒険者の力を借りたい。」
アベルは頷いた。
「もちろん協力します。」
司令官はアベルを見て、若い割に、妙に落ち着いているな、と感じた。それは戦場に慣れている者の目だった。
「勇者殿には遊撃をお願いします。戦況に応じて、危険な場所へ向かっていただきたい。」
「分かりました。」
アベルは短聖剣を握る。
今の自分に何が出来るのか?どこまでやれるのか?それを確かめておきたかった。
◇
魔王軍が動く。
「来ます!」
兵士の叫び。
外壁の外を巨大な魔物が前進し、その後ろから魔族兵が続く。
◇
「魔導砲、第一射!」
司令官の命令が響く。
轟音。
魔力の砲撃が敵陣へ突き刺さり、魔王軍の前衛が崩れた。だが、敵の勢いは止まらない。
◇
「勇者殿!」
司令官が叫ぶ。
「南側防衛線へ!」
「了解!」
アベルは城壁から飛び降りる。それに宵闇の月も続いた。
◇
砦街 南側 最前線。
魔族にけしかけられた魔物が迫る中、アベルは短聖剣を抜く。
一閃。
魔物を斬り伏せる。
以前ほどの力はないものの、これまでの経験と知識で難なく薙ぎ倒していく。
◇
だが、アベルは気づいていた。
(やはり……。)
勇者の力は戻っていないし、身体も完全ではない。
以前なら問題にならなかった相手でも、今は確かな負担になる。
それでも足は止めない。
この街に守るべき人々がいる。守るべき暮らしがある。その帰れる場所を残すために。
◇
その頃の魔王城。
彼女達はまだ知らない。
アベルが生きていることを。そして彼が別の場所で誰かを守るため今もなお戦っていることを。
◇
勇者はまだ遠い。
しかし、確実に運命の再会へ向かって進んでいた。




