230話 勇者の選ぶ道
街を出発する朝。
アベルは荷物をまとめていた。
短聖剣と最低限の道具。そして、まだ完全には戻っていない身体。それでも、立ち止まる理由はなかった。
魔王討伐隊はやはり魔王城へ向かったと思われる。王都から呼び寄せた回復術師がレオニス達の帰還について何も知らなかったからだ。
だが、その後の情報は何もない。どこまで進んだのか。戦闘になったのか。全く判断材料がなかった。
ただし、マユミとメアの二人とは従魔契約によって繋がっている。そのため少なくとも生存はしているとわかる。
二人がそれぞれ死の直前まで追い込まれていたとき、アベルは迷わなかった。自分の生命力を削ってでも、二人を生かしたのに、自分のいないところで彼女達が酷い目にあったり、死んだりするのは絶対に嫌だった。
(無事でいてくれ。特にレオニスに何かされていなければいいが。)
レオニスが自分に従わない存在を、どう扱うのかアベルは身をもって知っていた。
⸻
「行きます。」
アベルは言った。
「皆を探します。」
その時だった。街全体に警鐘が響いた。
城壁上の兵士が叫ぶ。
「魔王軍接近!」
アベルと宵闇の月は、すぐに城壁へ向かった。
遠くに見える黒い影。
魔物の群れ。
魔族兵。
明確な敵意を持った軍勢。
「奴らが、ここを狙う理由は分かるな?」
ガルドが呟く。
長い平和の中で、人々が暮らす普通の街になっていたが、この砦街は元から王都へ続く街道上の防衛拠点だった。
城壁も、
門も、
防衛設備も、
本来は魔王軍を止めるために作られたものだった。
アベルは街の中を見る。
避難を始める住民や、不安そうな表情の子供達。
そして、診療所の窓からこちらを見る少女。
アベルは目を閉じる。
もし、今すぐ行けばマユミとメアの元へ近づけるかもしれない。だが、ここを放置すれば目の前にいる人々が傷つく。
アベルは知っていた。
一度見捨てた命は二度と取り戻せない。
ゆっくりと剣を抜く。
「ここを守ります。」
ガルドが見る。
「いいのか?」
アベルは頷く。
「はい。俺は勇者ですから。」
その答えにガルドは小さく笑った。
「本当に変わらないな。」
一人で魔王軍の前に立った時と同じように、アベルは今も目の前の誰かを守るために剣を取る。
街の城門が閉じられ兵士達が配置につく。
古い防衛設備が再び動き出す。
かつて戦争のために作られた街が、再び戦場になろうとしていた。
アベルは短聖剣を握り直す。
マユミとメアを助けたい。皆の行方も知りたい。
それでも、今ここにいる命を守る。
それが勇者アベルの選んだ道だった。




