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226話 勇者の帰還*

 アルセリア王城・大通路


 リリアは走って先回りし、セレスティアの前に再び立った。


「ここは通しません。」


 両腕を大きく広げて姉の前に立ち塞がるリリア。遂に覚悟を決めたセレスティアが細剣を構える。


「お姉さま……。」


 リリアは震える声で呼びかける。


「私は……まだ信じています。お姉さまは、本当はこんなことを望んでいないって。」


 その言葉に一瞬だけ、セレスティアの動きが止まる。胸の奥に、小さな痛みが走った。しかし、左手の絆の指輪が淡く光る。


(迷うな。ヒト族は裏切る。信じた結果、何を失った。)


 デュラハンの怨念が流れ込む。セレスティアの表情から揺らぎが消える。


「……リリア。あなたは優しい子です。だからこそ……これ以上、苦しまないようにします。」


(どうせなら……私の手で一思いに……苦しませず逝かせてあげましょう。)


 リリアの顔から血の気が引く。


「……お姉さま?」


 セレスティアがその右手の細剣を握りしめる。リリアは目をつぶって構えた。だが、セレスティアがノーモーションで放った突きがリリアの心臓を貫こうとしたその時…


     ◇


 白銀の光が走った。セレスティアの細剣が、真横に弾かれる。突然の出来事にその場にいた全員が動きを止めた。遥か後方から空を駆けて飛び出し、セレスティアとリリアの間に降り立って剣を弾いたのは一人の青年だった。


 傷んだ外套。

 手に握られた短い剣。

 以前より少しやつれた姿。

 しかし、その瞳は、確かに本物だった。


「……アベル。」


 誰かが呟いた。あり得ないものを見るような声だった。


     ◇


 アベルはセレスティアを警戒したまま、背後にいるリリアを見る。セレスティアは細剣を弾かれた直後、後ろに飛んで、少し距離をとっていた。


「リリア殿下。お怪我はありませんか。」


 その声を聞いた瞬間、リリアの開いた瞳から涙が溢れた。


「……勇者様。」


 忘れるはずがなかった。まだ半年も経っていない。


 ミスリルゴーレムの事件でも、吸血鬼の魔法から自分を身を挺して護ってくれた人。全てのアルセリア国民を助けるために迷いなく戦った人。


 その人が。また目の前に現れた。

 ……自分を救うために。


「約束通り……来てくださったんですね……。」


 晩餐会でピンチには助けに来てくれると約束してくれていた。それは夢物語な絵本の勇者の姿そのものだった。


 アベルは少し困ったように笑う。


「間に合って良かったです。」


 それだけ言う。だが、その言葉だけでリリアの張り詰めていたものが切れた。


「ありがとうございます……。」


 さらに溢れ出した涙をそのままに頭を下げる。

 アベルは静かに頷いた。


     ◇


 そしてアベルは改めてセレスティアを見る。


「セレスティア様。」


 その呼び方にセレスティアの表情が僅かに揺れる。

 だが、すぐに冷たいものへ戻る。


「……まだ私をそう呼ぶのですね。様など付けず、敵として呼び捨てにすればいいものを……。」


 アベルは答える。


「あなたは、あなたですから。」


 その言葉にセレスティアの胸の奥が僅かにざわめく。しかし、指輪が反応する。


(惑わされるな。それはヒト族の偽り。)


 感情が押し戻される。


「何をしに来たのですか。」


 セレスティアが問う。

 アベルは静かに尋ねた。


「それはこちらが聞きたいです。どうして……こんなことをしているのですか。」


 場の空気が変わる。


「あなたがアルセリアの民を傷つけるようなことを望むとは思えません。何があったのですか。」


 アベルの声に責める色はない。ただ、本当の理由を知ろうとしていた。

 セレスティアは目を細める。


「……分かっていませんね。私は今、自分の意思でここにいて、アルセリアを支配し、ヒト族を滅ぼそうとしています。」


 アベルは少し黙る。


「それは本当ですか?」


 その問いにセレスティアの指輪が光った。


「はい。私は目覚めたのです。魔王様こそが今の私の全て。私はこの身と、国と、ミスリルを全て魔王様に捧げます。誰にもその邪魔はさせません。」

「理由を教えてください。なぜ、魔王にそこまで傾倒するのか、その理由を!」

「…そんなのは決まっています。魔王様が最も尊きお方だからです。それを害するヒト族は、この世に存在していてはいけないのです。」


 セレスティアは迷いなく言った。だが、その事自体にアベルは疑問を感じる。


「貴女だってヒト族じゃないですか。」

「もちろん承知しております。ですから、私は全てのヒト族を根絶した後で自ら命を絶ち、この心の臓を魔王様に捧げるつもりです。それが至高なる魔王様より与えられた私の使命ですから…。」

「……あなたは、どうかしています。自分をしっかり持って下さい!」


 セレスティアが改めてアベルを見て呟く。


「……あなたは危険です。いつも、そうやって私の心をかき乱す……。」


 アベルは彼女を見る。


「そもそも……俺は……あなた達と戦いたいわけではありません。」

「ならば、なぜ剣を持つのですか。」


 問い返されて、アベルは短聖剣を見る。


「守るためです。今、守るべき人がいるからです。」


 アベルの視線が一瞬リリアへ向く。

 セレスティアが細剣(レイピア)を構えた。


「あなたは魔王軍にとって最大の脅威で……私の…敵です。」


 アベルは静かに息を吐く。


「そう見えているんですね。残念です。ですが…。」


 短聖剣を構える。


「理由が分からないままでも、これ以上、貴女に誰かを傷つけさせるわけにはいきません。」


     ◇


 主人公とヒロイン。


 本来ならば手を取り合い、この世界を救う筈の2人の対決が今始まろうとしている。しかし、アベルには彼女に勝つビジョンがあるわけではない。アベルにあるのは目の前の少女を救うための覚悟だけだった。

やっと、この話を書くことが出来ました。

避けられない姉妹の対立、それに介入する主人公。

実はここまでの話を書くことが、本作を作る上でマイルストンの一つだったのです。


記念のメインヒロイン2人のレースクイーン姿です。

挿絵(By みてみん)


次からは、少し時間を遡って、アベルがここに辿り着くまでの話になります。

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― 新着の感想 ―
毎日投稿お疲れ様です。 勇者アベルの帰還!一読者としてワクワクが止まりません! ひとつ前の話まで、凄く凄く心から軋みながら読み進めていましたが、少しだけ回復しました。 ここに到着するまで、勇者はどんな…
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