222話 最後の切り札*
アルセリア王都。
王都中心部ではそこかしこに魔王軍の旗が揺れて王城を取り囲んでいた。
かつて国を守るために築かれた城壁は機能を完全に失い、その内側へ今、魔族の軍勢が入り込んでいる。アルセリア軍はそれでも必死に抵抗していたが。戦況は明らかに劣勢だった。
魔王軍の兵士たちは、どれだけ傷ついても立ち上がる。それはエリス、ミリア、クラリスの三人の連携された支援によるものが大きい。特にエリスは自身の限界を超えてまで広域の魔族兵に回復魔法を継続的に展開していた。それをミリアが今も作り続けている特製ポーションが支えている。クラリスが絶妙なタイミングでそのポーションをエリスに渡す。そのおかげで魔族兵はいくら負傷しても瞬く間に戦線へ復帰していく。
一方、アルセリア兵は疲弊していた。倒れた仲間を助ける余裕もない。戦力差は時間と共に広がっていく。
そして、その中心にいるセレスティアは、王城を見上げていた。
胸の奥に僅かな違和感がある。
ここは、自分が生まれ育った場所。父と母がいる場所。守るべき国。だが、指輪が淡く光る。
胸の奥へ流れ込む感情は、
憎悪と絶望、
人族への怨念、
魔王への忠誠心。
それらが、迷いを押し流していく。
「……通信を繋ぎます。」
セレスティアは近くの防衛陣地で接収した軍用の通信魔導具を取り出した。その術式も彼女は全て理解していた。
魔導回路が展開し、画面に一人の人物が映る。
そこに現れたのはアルセリア国王。セレスティアの父だった。
「セレスティア……。」
国王の表情が苦痛に歪む。
「なぜ、お前がそこにいる。」
セレスティアは静かに父を見る。
「父上、最後の機会を与えます。」
その言葉に国王の顔が強張る。
「降伏してください。」
沈黙。
「アルセリア王国は、魔王陛下に永久に隷属し、ミスリル精錬および加工を含む王国が保有する全ての技術とその能力を魔王陛下に捧げてください。」
国王は信じられないような表情を浮かべる。
「……それを本気で言っているのか?」
「はい。」
セレスティアの声は冷静だった。
「それをしてしまったら、魔王軍が行う世界中のヒト族との戦争に我々のミスリル武具が使われることになる。それを理解して言っているのか、と聞いている。」
国王は声を荒げて言う。これは質問というよりも叱責に近い強い言い回しだった。しかし、セレスティアは平然と答えた。
「もちろん理解しています。世界中のヒト族の国を滅ぼすために魔王陛下に我々の武具を使っていただけるのです。これほど素晴らしい有効活用が他にあるでしょうか。」
国王は拳を握る。
「違う。お前は…決してそんなことを言う人間ではなかった!」
一瞬、セレスティアの表情が揺れる。
しかし、すぐに戻った。
「父上。戦力差を理解してください。もはや勝機はありません。防衛機構も、私が全て停止させました。」
淡々と告げる。
「このまま抵抗を続けるなら、魔王軍が…いいえ私自身の手で全てを滅ぼします。国も民も全てです。それが私のこの国の王族としての責任です。」
「何を言っているんだ!目を覚ませ、セレスティア!!」
隣にいた王妃が息を呑んだ。
「セレスティア……。」
しかし、そこで通信は切れた。
残された国王は、ただ画面を見つめていた。
娘の声と娘の姿は間違いなく本物だった。
しかし、そこに以前の優しい少女の面影はなかった。
◇
王城の作戦室。
国王は静かに立っていた。
「陛下。」
騎士団長が問う。
「ご決断を。」
国王は窓の外を見る。
魔王軍とその先頭に立つ娘。
「……。」
長い沈黙。
やがて、国王は封印された文書へ手を伸ばした。
王家が代々封じてきた最後の切り札。
「魔導兵器Xの起動を開始せよ。」
その場にいた全員が息を呑む。魔導兵器X、それは一撃に国の備蓄魔力の3割をも利用する大量破壊兵器。1発打つだけでも、その後の国の運営は相当に厳しくなる。しかし、背に腹は変えられなかった。
「陛下……。」
王妃が震える声で呼ぶ。
「分かっている。」
国王は目を閉じる。
「これは最後の抵抗だ。」
王として、父として、最も選びたくなかった選択だった。
◇
王城地下で、巨大な魔導装置が起動した。
古代文字が浮かび上がり、巨大な魔法陣が展開されていく。
「魔力供給開始。」
「術式展開。」
兵士たちが操作を進める。
しかし、その異変をセレスティアは感じ取った。
「……。」
足を止める。
「どうしました?」
リシアが尋ねる。
セレスティアは王城を見る。
「何かが起動しています。」
ルナが魔力を探る。
「これは……。」
表情が変わる。
「大規模魔導兵器。」
セレスティアの胸がざわめく。
その存在を知っている。
そして、その危険性も。
「止めなければ。」
無意識に呟く。
しかし、指輪が淡く光る。
デュラハンの怨念が囁く。
(ヒト族の力は全てを奪い返せ。)
セレスティアの目が静かに変わる。
「ルナ、手伝って。」
「はい。」
ルナの杖を軍事用魔導ネットワークに繋ぐための穴に刺した。そして、ルナに機密防壁の解除を手伝ってもらいながら、セレスティアは王城地下へ意識を伸ばした。
王族認証と魔導回路、その全てが、彼女の知識の中にあった。しかし、軍用機密のファイアーウォールを超えるのはルナの助力があっても、そう容易なことではない。ましてや、王国はセレスティアを既に敵性認定して対策していた。あらゆるアクセスが弾かれる。
その時、セレスティアには、ある秘策が閃いた。それは本来ならば絶対にしないであろう最悪の選択。だが、今のセレスティアに迷いはなく、誰も望まない結末に向かって、ひたすらに突き進むのだった。




