221話 王女の知る城*
アルセリア王都の外壁。
城壁の上には、緊張した兵士たちが並んでいた。
遠くに見える黒い軍勢は魔王軍。その規模と進行速度は、これまで王国が想定していたどの侵攻とも違っていた。
兵士たちの間には恐怖が広がっている。しかし、それ以上に彼らの心を揺らしていたものがあった。
魔王軍の先頭にいる美しい少女。
「本物の……セレスティア第一王女殿下なのですか?」
誰かが呟いた。
王女でありアルセリア王国の象徴。本来なら、この城壁の内側で、兵士たちを鼓舞しているはずの存在。それが敵軍の先頭に立っている。
◇
王城。
謁見の間で国王は報告書を握り締めていた。
「間違いないのか。」
「はい。」
騎士が答える。
「セレスティア殿下ご本人です。魔王軍の先遣部隊の指揮をとっていると思われます。」
王妃は顔を伏せる。
「そんな……。」
声が震える。別腹とはいえ幼い頃から愛情を注いできたはずの娘が自分たちの国へ攻め込もうとしている。それは魔王軍の侵攻以上の衝撃だった。
◇
再び城壁。
魔王軍はゆっくりと進軍を続ける。
しかし、すぐには攻撃しなかった。
先頭に立つセレスティアが、一歩前へ出る。
「アルセリアの兵士たちへ。」
声が響く。
「降伏しなさい。そして、その身を差し出しなさい。」
その言葉に城壁の兵士たちは動揺する。
「殿下……。」
「なぜ……。」
セレスティアは目を閉じる。
一瞬だけ胸が痛んだ。
知っているはずの声。
知っているはずの人々。
守りたかった国。
しかし、指輪が熱を持ち別の感情が胸の奥へ流れ込む。
憎悪。
絶望。
400年前から積み重なった怨念。
魔王への絶対的な忠誠。
それが、彼女の痛みを塗り潰していく。
「もう、この国を守る必要はありません。魔王様に従い全てを捧げるのです。」
兵士たちは息を呑む。
◇
王城内部。
国王はその声を聞いていた。魔法通信によって届けられた映像。そこに映る愛娘の姿。
「セレスティア……。」
王は呟く。しかし、その表情はすぐに険しくなる。
(違う。これは、あの子の本当の意思ではない。)
王には分かる。幼い頃から見てきた娘は、民を愛し誰よりも争いを嫌っていた。そんな娘が、心からこの言葉を口にするはずがない。
「国王様、セレスティア様からの書簡が」
「何っ!直ぐにそれをここへ……。」
受け取った書簡の封蝋を切ると、中から現れたのは、整然としたよく見覚えのある筆跡で綴られた短い文だった。
国王は黙って読み進めた。
「こんなものをセレスティアが……。」
その内容は信じられないものだった。
書かれていたのは無条件降伏と魔王直轄の奴隷国家化、これに付随する未来永劫のミスリルおよび加工品の魔王への無償供与の要求だった。それらが受け入れられない場合、従わない王侯貴族や国民を皆殺しにして、セレスティアが王位につき自らそれを実行する、というもの。
「どうして、こんな事に……。」
王は遠くに聞こえる魔王軍の軍勢の足音以上の恐怖を感じながら、この国の行く末を憂いていた。
◇
王都に繋がる城壁前。
王都の周囲は防御魔法が何重にも組み込まれた鉄壁の外壁と内壁で長らく守られていた。外壁にある王都に入るための門は硬く閉じられ、多くの兵士たちが防衛にあたっている。
そこに魔王軍がついに到達する。その先頭に立ったセレスティアは魔法陣を展開した。その瞬間、城壁の上から様子を見ていたアルセリア兵たちの顔色が変わる。
「まさか……城門術式を!?」
「おやめ下さい、セレスティア殿下!それをされたら王都は!」
王都の防衛機構。それはアルセリア王家に代々伝わる最高機密だった。
城壁の周りに展開されている結界。
侵入者に対する迎撃魔法と侵入防止術式。
その全てを統括する中枢。
それらをセレスティアは完全に理解していた。
「停止。」
セレスティアが小さく呟く。次の瞬間、城壁を覆っていた結界が消え、城門が開き始めた。
「そんな……。」
兵士たちが絶句する。
「防壁魔法が……。」
そして魔導砲台が沈黙する。迎撃用の魔法陣までも次々と停止していく。王都最大の防衛機能が内側から崩されていく。
王都への道は開かれた。あまりにも無防備に。
◇
アルセリア城内。
報告を聞いた騎士たちは青ざめる。
「殿下は……王都の防衛システムを完全に把握している。」
国王は拳を握る。こうなることは想像できていた。対策を急がせたものの、結局、間に合わなかった。セレスティアは幼い頃から、この城の全てを学んできたため、付け焼き刃の対策程度では容易に対処できてしまう。それだけの知識が今は敵として使われていた。
◇
再び城壁。
魔王軍が進む。これまで何度も魔王軍の侵攻を妨げてきた強力な防衛機能。それを失った王都には、もう以前のような抵抗力はなくなっている。
しかし、アルセリア兵たちは、まだ戦っていた。
「我々が……この国を守る。」
セレスティアはその姿を見る。
胸の奥に一瞬だけ痛みが走った。
この人たちが本当に敵なのか?
その疑問が浮かぶ。しかし、指輪が光ると、またどこからか声が響く。
(ヒト族は奪った。信じるな。許すな。)
セレスティアは目を閉じる。
「……進軍します。」
魔王軍は動き出した。全てを焦土と化して。
◇
王都正門。
開かれた門でも死守するために戦っていた兵士たちの最後の防衛線が崩れる。そして魔王軍は内部へ侵入を開始した。
アルセリア王国。その中心であり強固な防衛網で鉄壁を誇った王都は、かつて守護者だった王女自身の手で丸腰にされてしまっていた。




