216話 闘技場*
重い鉄扉が軋む音を立てて開いた。
セレスティアたち七人は、魔族の兵士に囲まれながら長い通路を歩いていた。
やがて視界が開ける。
「ここは……。」
そこは巨大な円形闘技場だった。何段にも連なる観客席は、すでに多くの魔族で埋め尽くされている。歓声と怒号が渦巻き、まるで祭りのような熱気に包まれていた。
「これだけの軍勢に攻め込まれたら…」
ルナが苦々しく呟く。
七人は観客席の一角に座るよう命令され、魔法の拘束具で動きを制限されたまま座らされた。
「私たちは一体何を見させられるの?」
クラリス達が闘技場を見つめていると、中央の大扉がゆっくりと開く。
◇
まず現れたのは十数名の兵士だった。鎧は傷つき、疲労の色は隠せない。
「……彼らは。」
フェリが小さく呟く。
そこにいたのは魔王討伐隊に共に参加し、一緒に捕えられた兵士たちだった。見覚えのある顔も何人かいる。誰もが武器を持たされてはいるものの、満身創痍のようだった。
そして、反対側の門が開く。
地響きとともに、一体の巨躯が姿を現した。
緑色の肌に筋骨隆々の身体に、巨大な腕と醜く膨れ上がった筋肉。頭上には王者の証たる王冠。その姿は、言い伝えに聞くゴブリンキングと一致していた。また、その手にはレオニスが使っていたアルセリア製のミスリルソードを、身体にはサイズの不適合を無視して無理矢理レオニスのミスリルの鎧が装備されていた。
「……あれは。」
ヒロイン達の表情が一斉に凍りつく。その怪物の人相には、見覚えのありすぎるヒトと瓜二つだった。
金色の髪。
碧い瞳。
だが、肌は緑色。
「まさか……レオニス王子殿下……なのか?」
誰ともなく漏れた声が、闘技場へ吸い込まれる。だが、そこにいたのは、もはや王子ではなかった。人と魔物を無理やり繋ぎ合わせたような異形。それでも、その面相だけはレオニスそのものだった。
「グ……ォォォォ!」
咆哮が響き、目の前のかつての部下だった兵士達に命じるように高圧的に言葉を発する。
「無礼者、ひれ伏せ!我は王であるぞ!」
聞き覚えのある声で、レオニスだった怪物は兵士達に告げた。主と仰いできた男の頭を持つ怪物に、どう対処してよいかわからない兵士もいて、ほとんどの兵士達は武器を構えたまま立ち尽くしていた。
「よかろう。では、王である我が直々に相手をしてやる。」
次の瞬間、怪物は地面を蹴った。
「構えろ!アレは殿下ではない!」
「し、しかし……。」
「狼狽えるな。擬態する魔物だっているんだ。フォーメーションF。」
兵士たちは、その隊長の号令に必死に陣形を組む。だが、いくら歴戦の兵士たちであっても、この怪物の速攻を防ぐことは出来なかった。先頭にいた兵士の2人が怪物の体当たりを受け、後ろにいた兵士達を巻き込んで吹き飛んでいった。しかし、残りの兵士達は絶望的な状況でも逃げ出さない。互いを庇いながら怪物へ立ち向かおうとしている。
◇
力の差は歴然だった。素のレオニスよりも何倍も強く強化された怪物の腕が振るわれるたび、兵士たちは吹き飛ばされ、盾は砕け、剣は弾き飛ばされた。
「くっ……!」
「まだだ!」
倒れても立ち上がる。誰一人として仲間を見捨てようとはしなかった。そんな彼らを見ていられない者もいた。
「私に彼らの代わりに……やらせてくれ。ください。」
リシアが立ち上がろうとするが、近くにいた魔族の兵士に頭を押さえつけられる。前衛だった彼女が、彼らと最も近い位置にいた。だからこそ、彼らが一方的にのされ続ける状況をただ見ているのは、とても耐えられるものではなかった。
「お願いします。彼らの支援をさせて下さい。」
エリスのその叫びのような願いは、闘技場の喧騒に飲み込まれていく。いつもの杖が手元にない状態では、回復魔法をかけるにはかなり近寄る必要がある。だが、後ろに控える魔族兵が、そこから動かないように見張っていた。
◇
ほとんどの兵士が地に伏せ、血に塗れて、息も絶え絶えになった、その時……
「静まれ。」
低く響く声が闘技場全体へ広がった。
歓声がぴたりと止む。怪物も動きを止めた。
そこにいた全員の視線を集める最上段の玉座、そこには魔王が悠然と腰掛けていた。
「余興としては十分であろう。」
魔王が片手を上げる。
怪物は兵士たちを見据えたまま剣を下ろした。
闘技場に、異様な静寂が落ちる。
その静けさの中で、セレスティアがゆっくりと口を開く。
「魔王…陛下。」
凛とした声が響く。敬称をつけることに躊躇はあったが、これから始めるのが交渉である以上、必要だと考えた。そして、その視線は真っ直ぐ闘技場の最上階に設けられた玉座へ向けられている。
「目的は何でしょうか?私たちにこれを見せて、何をさせたいのでしょう?」
魔王は興味深そうに頬杖をついた。
「簡単なことだ。彼らの命が惜しいのであろう?」
セレスティアは唇を噛む。
「……ええ。それは勿論です。」
交渉としては下策の回答だが、彼らの命をベッドした賭けで、さすがに駆け引きは出来なかった。
「ならばチャンスをやろう。」
魔王の声が一段低くなる。
「余が選んだ相手と其方ら7人で試合をして勝ってみせよ。もしも勝利できたなら、あの兵どもの命は少なくとも今は保証しよう。」
ざわり、と空気が揺れた。
「出来れば、彼らだけでも解放して欲しいところですが。」
セレスティアが一歩踏み込んだ。
魔王は僅かに表情を緩めた。
「よかろう。其方らが勝てば彼らを放逐してやる。」
「本当ですね?」
「余は約束は違えぬ。」
その言葉には、奇妙なほどの確信があった。七人は互いに視線を交わす。選択肢はない。ここで拒めば、彼らの全てが終わる。やがてセレスティアが立ち上がって、一歩前に出た。
「お受けします。」
「では、余を楽しませてくれ。」
魔王は満足げに笑う。魔族の兵士達に促されて、通路を通り、闘技場に出た。先ほどまで戦っていた兵士達は後ろに下げられて、レオニスだった怪物は首輪の鎖を黒い甲冑の女騎士に引っ張られて後ろに下げられている。怪物は「お"れ"の"、お"ん"な"ぁ"、お"ん"な"ぁ"」と不気味な奇声をあげて今にも暴れ出しそうだが、鎖を握っている女騎士はびくともせずに、それを制している。
「では、ヒト族の勇者パーティよ。余が選んだ対戦相手を紹介しよう。」
魔王の声が闘技場に響いた。
◇
闘技場の大扉が、ゆっくりと開くと静かな足音が響き、そして一人の少女が姿を現した。漆黒だが優美さを感じる独特の衣装を身にまとい、その手には戦扇。長く伸びた黒髪を揺らしながら、静かに闘技場の中央へ歩いていく。
その姿を見た瞬間、セレスティアの瞳が揺れた。
「……マユミさん。」
かつて学院で共に過ごした日々が、一瞬で脳裏をよぎる。少女はゆっくりと顔を上げた。その瞳に宿るのは、かつての柔らかな光ではなかった。戦場に立つ者の静かな覚悟。そして、揺るがぬ意志。
「久しぶりですね、皆さん。」
穏やかな声が闘技場に響く。
「あらためて自己紹介を。私の名はマユミ・デスパレード。あそこにいる魔王の……娘です。」
その一言で、全てが繋がった。かつての仲間は今、互いに譲れぬものを背負い、剣を交える立場に立っている。
闘技場の空気が、ゆっくりと張り詰めていく
注: ガトランティス星人ではありません。
レオニスは王子であるために、またヒロイン達が王侯貴族の令嬢であるために、イチャイチャこそすれ外聞を気にして手を出したくても出せてはいませんでした。もちろん裏で彼女達を婚約者や妾にするための工作を進めていましたが…。その枷が外れたので、あんな言動になっています。




