↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
261/362

214話 偽りの喪失*

 魔王城


 静かな部屋の中央で、マユミは眠っていた。

 表情は穏やかではない。苦しそうに眉を寄せ、何かを探すように手を伸ばしている。



 その様子を、魔王は冷たい目で見下ろしていた。

 隣には執政官。そしてチョーカーによって縛られたメアが立っている。


「今日も始めろ。」


 連日の魔王の命令。メアの首元に魔力の光が淡く輝く。


「……はい。ご主人様。」


 感情のない返答。かつての明るい少女の面影は、そこにはなかった。


 「《ナイトメア・ウェーブ》《ブレイン・ブースト》」


 夢を操作する夢魔族の秘術と脳の処理速度を通常の何倍にも加速する魔法の組み合わせ。


「さあマユミに見せろ。勇者が失われた瞬間を。そして、なぜ失われたのかを。」



 夢の中。


 マユミの前に光景が広がる。そこは学院。

 直ぐ前にはアベルがいた。

 傷だらけになりながら、それでも前へ進む姿。


 誰かを守るために。

 誰かのために。


 マユミは夢の中で駆け寄る。


「アベル様!」


 しかし、その先に現れたのは、別の光景だった。


 アベルを囲むヒト族。彼らは彼を称えることもなく、感謝することもなく、ただ都合よく扱っていた。


 危険な場所へ送り。

 力を求め。

 必要な時だけ頼る。


 アベルが傷ついても。

 倒れても。

 手当てすら行わない。


 マユミの胸が痛む。


「違う……これは……。」


 だが夢は止まらない。

 場面が変わり、ドラゴンとの戦い。

 圧倒的な敵を前に、人族の仲間たちは動けない。


 その中で、アベルだけが前へ出ていた。


 たった一人で全員を守るために。

 そして、その結果、彼は置き去りにされた。



 転移の光の中に消えていく王子と取り巻きの女性たち。

 一方で、最後まで戦場に残るアベル。

 その姿を見て、マユミの呼吸が乱れる。


「……そんな。」


 夢の中のメアが静かに語る。


「彼は最後まで、あなたたちのために戦いましたが、ヒト族は彼を救わなかった。必要なくなれば、捨てるだけ……」

「………。」


 マユミは首を振る。


 しかし、次に映ったのは、さらに別の記憶。

 学院でのアベルに周囲から向けられる視線。

 正当な評価を受けられない姿。

 功績を奪われる姿。

 それでも怒らず、誰かを責めることもなく、ただ耐える姿。


 そして、その横にいる女性達。

 助けられた者たち。

 守られた者たち。


 それでも、彼の孤独には気付かなかった。気づこうとはしていなかった。


 マユミの胸に、怒りが生まれる。


(どうして……どうして、あの人を……。)


 メアの声が重なる。


「彼はヒト族を信じていました。だから、裏切られたのです。」

「……。」


 アベルは優しかった。

 誰かを疑わなかった。

 だからこそ、利用されたのではないか。

 そんな考えが、少しずつマユミの心を侵食していく。



 夢の中に再びアベルが現れる。


「マユミ。」


 その声に、彼女の表情が崩れる。


「アベル様……。」


 駆け寄る。


 しかし、触れる直前、アベルの姿が崩れる。


「……偽物です。」


 メアが告げる。


「本物の勇者は、もう死にました。これはヒト族が作った幻。あなたを利用するための偽物です。」

「嘘……。」


 マユミは必死に手を伸ばす。


挿絵(By みてみん)


「アベル様は……きっとまだ生きています。」


 その言葉に、夢の世界が大きく揺らぐ。

 メアの表情が一瞬だけ苦しそうに歪む。


 だが、2人の首輪が強く光る。


「……違います。彼はもう、戻りません。」


 何度も。

 何度も。


 同じ光景が繰り返される。


 アベルが傷つく。

 アベルが一人になる。

 アベルが消える。


 その度に、マユミの心へ新しい感情が積み重なる。


 悲しみ。

 怒り。

 そして、ヒト族への疑念。



 そして、アベルを見た最後のあの日の光景。


 アベルが殿として1人魔王軍に立ち向かい、自分たちだけが逃げおおせたその夜に、夜番以外の皆が寝静まった後に私とメアはあの男のテントに呼ばれ…夜の相手を命じられる。必死に抵抗を試みるも首輪の拘束力により逆らうことはできない。


挿絵(By みてみん)


 首輪によるものとは別の快楽までが全身を駆け巡り、自身の身体がアベルを裏切ったことへの悲しみと不甲斐ない自分自身への怒りが、彼女自身の心を更に傷つける。それでも私はまだ悔しさに泣くことができた。しかし、メアはそんな感情を持つことすら制限されている。


 その結果、目の前のコイツを今すぐに八つ裂きにしてやりたい……あれだけアベルに助けられておきながらアベルを助けようともしなかった、こいつの取り巻きの女達も同じ目に合わせてやりたい……そんな復讐心が、次第にマユミの心の大部分を占めていった。



 夢の外では魔王はマユミを静かに見つめていた。


「そうだ。怒りを力にするのだ。」


 そこにいた執政官が魔王に尋ねる。


「このまま続けていれば覚醒するでしょうか?」

「うむ。眠っている余の血を目覚めさせるには、まだ工夫が必要か…。絶望の中で……憎悪と共にあるには……。」


 その言葉の通り、眠るマユミの周囲に、黒い魔力が少しずつ集まり始めていた。

最後のはあくまでメアが見せた最悪の悪夢です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。