213話 魔王の思惑*
時系列は191話の後に戻ります。
現在の魔王城。
静寂の中、玉座へ腰掛ける魔王の前には、執政官とデュラハン、そして再び魔導拘束具のチョーカーを嵌められたマユミとメアの姿があった。魔王軍はチョーカーの構造や仕組みを解析して、その主人を任意に登録し直すことに成功している。そのチョーカーの働きによりマユミは台座の上で眠らされていた。一方、その枕元に呆然と立つメアの瞳からは生気が薄れている。首輪に刻まれた魔法陣が淡く脈打つたび、その身体は微かに震えていた。
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魔王は静かに立ち上がる。
「およそ四百年前。世界は一人の女王を失い、余は一人の将軍を手に入れた。だが、魔族として迎えいれた際に、ヒト族としての記憶やスキルが失われてしまった。膨大な魔力は残ったが、肝心の魔法の使い方を忘れてしまったのだ。
また、ヒト族と魔族の両方の特性を持つ半魔であれば、我にも匹敵する強さをもつ最強の僕ができるかもしれぬと考え、ヒト族として最高の素材であった女王に我との子を産ませておいた。最初は期待外れかと思ったがな。」
その視線はデュラハンへ向く。しかし、デュラハンは何も語らず、ただ命令を待つだけだった。
「絶望は、ヒトを変える。
愛も、
誇りも、
希望も、
全て失った時、ヒトは最も強い力を手にする。」
執政官は静かに問いかける。
「……つまり、マユミ様にも、それを。」
魔王は頷く。
「然り。刻は満ちた。今こそ、ここにいる400年前の余の作品を超える傑作を今一度、余の手で作り出す。」
魔王はゆっくりと歩き出す。
「そのために必要なのは、
怒り、
喪失、
そして、絶望だ。」
執政官は黙って耳を傾けるなか、魔王は続けた。
「マユミが心を交わしたアベルという勇者の損失は、余の期待以上の変化をもたらした。だが、心のどこかにまだ生存を信じる希望が残ってしまっている。まずは、その希望を完全に砕く必要かある。」
首輪が淡く輝く。メアの身体が僅かに震えた。
魔王はメアを見下ろす。
「メア。お前の夢魔としての力を使え。勇者アベルの死をマユミに繰り返し見せ続けろ。」
メアは感情のない声で答える。
「……承知…しました。ご主人様のご主人様。」
メアは僅かに瞳を揺らした。
ほんの一瞬だけ。
首輪の光が強くなる。
「……《ナイトメア・ウェーブ》」
その小さな抵抗は、首輪によって押し潰された。
魔王はさらに命じる。
「夢の中でも起きているときでも繰り返し教え込め。勇者アベルは死んで、もう二度と戻らない。仮に目の前へ現れたとしても、それは人族が作り出した偽物で、お前を惑わすためだけの存在だ、と。」
「……承知しました。《ブレイン・ブースト》。」
執政官は静かに目を伏せた。それは精神そのものを書き換えるような命令。夢魔にしかできない、残酷な役目だった。
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マユミは夢の中でも眠りについていた。だが、その眠りは浅い。心のどこかで、ずっとアベルを探している。
(アベル様……。)
その名を呼んだ瞬間、夢の景色が滲んだ。
白い霧が立ち込める。その向こうに、一人の人影が見えた。
「アベル様!」
駆け出そうとした、その瞬間に景色が黒く染まる。闇の中から、メアが現れた。その表情は無機質で、かつての明るさはどこにもない。
「……違います。」
静かな声が響く。
「その人は、もういません。」
マユミは首を振る。
「違う!アベル様は――」
言葉を遮るように、闇が広がる。アベルの姿は霧のように崩れ、消えていく。
「勇者アベル様は、もう死にました。」
メアは繰り返す。
「あなたが見ているものは、偽物です。」
「違う……。」
「違いません。ほら……。」
アベルの姿をしたものが溶けて擬態するスライムになった。
「違う……!」
マユミは必死に手を伸ばすが届かない。届く前に景色は崩れ、再び闇へ呑み込まれる。
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また、別のアベルが現れる。しかし、次の瞬間にアベルの顔はレオニスへと置き換わった。マユミの心に激しい怒りの感情が湧き起こる。
「こいつだけは絶対に許さない!アベル様を返せ!」
マユミがレオニスに切り掛かる。いつのまにか手に持っていた剣で袈裟斬りに一刀両断した途端に、再び顔がアベルに戻る。
「いやぁぁあああっ、アベルぅーーーーっ!」
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「マユミ!」
「アベル様!!」
振り返ればアベルがいた、と思ったら消えた。
「マユミ!」
「アベル様!!」
再び声のする方を向くも誰もいない。
気がつけば、マユミはずっと1人ぼっちだった。
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加速した思考速度の世界で一晩のうちに100年分に相当する時間のアベルの死を繰り返し見させられることになるマユミの心は、もう取り返しのつかないほどに壊れていく。
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夢の外。
眠るマユミの頬を、一筋の涙が静かに伝った。その様子を、少し離れた場所から魔王は見つめていた。
「始まったな。」
静かな声だった。
「希望は、何度でも砕く。その先に残るものだけが、本物だ。」
その言葉に応える者はいない。
夜だけが、静かに更けていった。




